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女性の会と芥辛と行基の湯

1月31日(水)


 午前中は事務整理と打ち合わせ。

 12時に事務所を出発して、ご案内をいただいていた塩江町地区で行われる女性だけの集会へ向かいました。
 集会の前に昼食として、塩江名物、味噌仕立ての団子汁をいただきました。打ち込みうどんのうどんの代わりに団子がいくつか入ったものと思っていただければいいかと思います。

 冬場に身体を温めるにはもってこいの料理です。

そして、これに塩江特産の香辛料という芥辛(ばいしん)を少し入れると、これが又ピリッと辛くてじわじわっとからだが熱くなってきます。味噌や野菜の味も引き立ち、抜群の相性で非常に満足でした。
 北九州に赴任して以来これまで、鍋物には九州特産の柚子胡椒を愛用してきましたが、これからは、「
芥辛」にしようと思います。

 会合では、女性ばかりの聴衆約60人を前に30分ほど自己紹介とともに私の政策、更には塩江町地区の課題への取り組み方針などを話させていただきました。
 ただし、今日起きた時からどうものどの調子がおかしく、自分でも変だなと思うくらいだみ声になっていたのが残念でした。聞いているほうも聞き苦しかったことでしょう。申し訳ありませんでした。

 帰りに、行基の湯で温泉につかってゆっくりしようか、とも思っていたのですが、丁度寒波の到来の前触れで気温が下がってきていて身震いするほど。

そして、これに塩江特産の湯冷めをして風邪をこじらせでもしたら大変とスタッフの意見に押し切られ、施設をバックに記念写真だけとしました。
 塩江温泉はまた今度。楽しみは先にとっておきましょう。

 今日は、夜も予定が入っていなかったため、早めに帰宅し、養生することにしました。

午前中はスポーツジム、午後は来客対応

1月30日(火)

 午前中、時間ができたため、スポーツジムへ行って、4キロのランニングと500メートルのスイミングをこなしてきました。
 前回から日をおかずにトレーニングができたなあ、と思って、前回の日にちを確かめてみると、22日。しっかり一週間の間が空いていました。
 それだけ日々の時間が私の脇をどんどんすり抜けて行っています。

 昼は、高校時代の同級生2人が、1月2日に高松で行った同窓会の写真と陣中見舞いにコーヒーを持ってきてくれました。

 同窓会当日は若い頃に返った気分で、変わらないなあ、と思って見ていましたが、こうやって後から写真をまざまざと眺めると、皆それなりの歳をとっていますね。
 事務所の近くのうどん屋で3人で昼飯を一緒に食べ、いろいろと四方山話をしました。同級生と相対しているときが一番肩が凝りません。尤もジムでほぐしてきた直後でしたので凝るわけはないのですが。

 午後は、事務整理の傍ら、何組か事務所に来客があり、その応対をしました。わざわざ飯山や綾歌の人も、高松に来たついでにと寄ってくれて励ましを受けました。
 私の顔と名前を知り、支援してくれようとしている人も最初のからとなり、複数の線が交わりながら、ここに来て的な広がりも出てきたような気もします。
 これをどんどん広げるべく、頑張ります。

少し耳当たりが良すぎたかも知れません

1月29日(月)

 行事が立て込んだ土日が終わり、今日は月曜日。
 公務員時代とは違って、月曜日の朝になぜか、ほっとするような気になるのは不思議です。

 午前中、総務省地域企業経営企画室長時代、自治体病院の担当として大阪に講演に行ったときにお世話になった監査法人の公認会計士の方が、わざわざ訪ねてきてくれました。
 少しの時間ではありましたが、最近の自治体病院の状況等について意見交換をしました。

 総じて経営状況は相変わらず厳しいようですが、多くの自治体で抜本的見直しが進んでいるようです。5つの病院をまとめて独立行政法人化した大阪府も収支はかなり好転したとのこと。また、何よりも職員、特に幹部職員の意識が相当変わってきているという話も伺いました。
 高松市にとっても病院問題は大きな課題です。
 私のマニフェストには、「保健医療施策の充実を図り、市民病院のあり方検討を踏まえ、その移転改築に取り組みます。」としているだけで、少し耳当たりが良すぎたかも知れません
 塩江病院香川病院も併せて、市民病院のあり方、経営については、後世の批判に耐えうるだけの判断をするために、今後とも必要な議論、検討は当然しっかりと行われるべきものと考えています。

 昼過ぎから、中央卸売市場の花き市場と食肉センターを訪問し関係者にご挨拶をしてきました。

 その後は、事務所で事務整理をしながら、来客対応です。

 ここに来て、後援会のカードを持ってきてくれる人の数がぐんと増えてきました。有難いことです。

最後の新年会デー?

1月28日()

 今日も、昼前から夜まで、5件の会合が入っていました。
 多いほうではありますが、昨日に比べれば、半減。その分気分も楽でした。

 まず、11時半にある団体の新春賀詞交換会。1月も28日になって、「明けましておめでとうございます」と挨拶したのは、生まれて初めてではないかと思います。
 でも、その団体の人が年が明けて初めて顔を合わす新年会ですので、仕方がないところでしょう。

 午後は、自民党のある地区の支部総会に顔を出してご挨拶をした後、ホテルであった県議会議員の励ます会に来賓として出席。
 新人の市長候補予定者が来賓挨拶というのもおこがましいとは思いましたが、ご指名でしたので甘えさせていただきました。
 大きな会場に、椅子席だけで1000近くあり、立ち見の人を含めると1200人くらいは入っていたでしょうか。
 最初は、大人数を相手にしゃべる時にはかなり緊張したものですが、慣れというのは恐ろしいもので、最近では大勢を前にしたほうが返ってお腹に力を入れて大きな声でしゃべれるので、やり易く感じています。
 また、今日は励ます会でしたので、自分自身の紹介はいつもより控えめにして、話の中に冗談を入れて少し会場を沸かせました。
 スピーチも臨機応変に対応できるようになったようです。

 夜は、自民党の支部総会が1件と少人数の会合に顔を出してご挨拶をして帰宅しました。

10件の会合で100キロ走行し1000人にご挨拶

1月27日(土)

 ボイルド、とまで干上がりはしませんでしたが、ハードな一日でした。
 とにかく、予定表には、14時、15時から始まって、10件の会合のリストが並んでいます。

 それぞれに、どういう顔をして入ってどんな挨拶をしようかと考え出すと、前夜はちょっと重たい気分になりかけました。
 でも、朝起きると気分は爽快。「よ〜し」と気合を入れて、事務所に向かいました。

 市議会議員さんの会合が4件と団体の新年会などの会合が6件。
 とにかくこれだけの会合をこなすためには事前のイメージトレーニングが欠かせません。 


 車中の復習も含めて、失礼のないようにそれぞれ効果的に回ろうとスタッフともハイな気分で打ち合わせ。
 結果的には、スタッフの事前連絡の周到さと、それぞれに受け入れ側の皆さんの配慮により、予想した以上にスムーズに挨拶回りを終えることができました。

 総移動距離は約100キロ。総勢1000人弱の人に会ったことになるようです。
 地理的には、旧高松市内の会合を挟みながら、西は、鬼無地区から北は四国の本土最北端の旧庵治町の鎌野地区まで行き来をしました。
 写真は、鎌野の公民館で挨拶している様子です。

 最後は、自宅近くの料理屋でプライベートの会合に行き着き、「ふ〜。」と息をつきました。充実感のある心地よい疲れです。

 そろそろ臨戦態勢に向かう雰囲気が出てきたようです。

未来を考える会

1月26日(金)

 今日は、10時前に事務所に出向いて、午前中は、メールの返信等の事務整理と来客対応でした。

 昼食会を挟んで、午後は、しばらく順延となっていた事務所のスタッフの打ち合わせを行いました。

 一月も気がつくともうすぐ終わり。選挙の投票日まで、いつの間にか三ヶ月を切っています。
 選挙を何度もやった人に言わせると、選挙の年の一月は「いつしか過ぎて」、二月は「逃げ」、三月は「去る」のだそうです。

 そのような教訓を踏まえ、早目の準備が必要と、ミーティングでも選挙本番の様々な課題について意見を出し合い議論しましたが、まだまだ私には明確なイメージが浮かんできていません。初めてですから当然でしょうが。

 夕方、市内のあいさつ回りを数件こなした後、7時過ぎから商工関係の若手経済人の集まりである「高松の未来を考える会」の有志と事務所内で私の政策を基に高松市の将来像について意見交換をしました。
 私が、マニフェストについて説明をした後、フリートーキング。高松市の将来イメージと目指すべき都市像、中小企業の支援策、教育の問題、コミュニティー関連施策、防災対策等について質疑応答や意見陳述がされました。
 集まってくれたのは、私とほとんど同世代かそれ以下の若い人たちであり、考え方や発想に共通点も多く、政策にも共感していただけて、非常に心強い思いがしました。
 但し、残念ながら時間の制約があって、発言できなかった人も多く、次回の開催を約束して解散としました。

 その後、お誘いを受けていたある大学の同窓会の新年会にお邪魔をして、ご挨拶をさせていただきました。ここでも、面識がなかった高校の先輩や遠縁にあたるという人が「やっときたか」と待ち構えていてくれて、私を盛り立て、激励をしてくれました。
 これほど歓待を受けるとは全く予想しておらず、人の縁というのは本当に不思議なもので、そして有難いものだとつくづく感じました。

一日かけて市内の保育園を回りました

1月25日(木)

 一昨日と昨日、上京日程等により活動報告を休ませていただきました。
 3日振りの報告です。

 今日は、いつもより早く事務所に出勤(?)して、電話連絡とスタッフに一、二用件を依頼した後、9時半出発で午後6時近くまで、市内の私立保育園二十数か所を保育推進連盟の堀会長と幹部の皆さんに同行していただいて回りました。
 多くの保育園へは、事前に電話連絡等もせず、突然にお邪魔したにもかかわらず、園長さんや主任さんが嫌な顔一つされずに応対していただきました。
 また、有難いことに、ほとんどのところで手の空いている保育士や調理師の皆さんを急遽集めていただいて、ご挨拶させていただきました。


 実際に子供達を保育している最中の保育園の中に入るのは、本当に久しぶりです。
 やはり、時節柄、安全第一なのでしょう。すべての保育園で門扉が施錠されていてすぐに園庭に入ることはできなくなっていました。
 社会の現状からすれば、当然の措置ですが、子供たちを囲い込んで守らなければならないような、嫌な世の中になったな、という気も少ししました。
 でも、中に入るとそこは昔のままのいわば底抜けの明るさがありました。子供達がニコニコしながら遊具で遊んだり、追いかけっこや縄跳び、砂遊びをしてはしゃいでいて、その笑顔の明るさは、昔とちっとも変わっていないものでした。「こんにちは」と挨拶すると、大きな声で「こんにちは」と返って来る礼儀正しさは、昔以上かもしれません。

 各施設の規模、内容はいろいろでしたが、中には「子育て支援センター」を併設しているところもあり、保育園を中心に地域で子育て支援のための様々な試みがなされようとしていることが伺えました。

 一日で回るのは大変だなと思っていたのですが、同行してくれた連盟の方の的確な時間管理と手際良さに助けられて予定していたところは、すべて回ることができました。
 それに、不思議と疲れを感じませんでした。子供達の笑顔と笑い声に励まされた所為でしょうか。

 少子化対策が行政の大きな課題とされる中で、子供を取り巻く環境がますます悪化してきており、この傾向をどこかで断ち切り、好転させる必要があります。

私のマニフェストにも、
 ・地域ぐるみで子供を大切にする取組の支援など、子供を生み育てやすい環境づくりを進めます。
 ・保育所待機児童ゼロを目指します。
 ・学校、保育所等において食育を推進します。

 などとしていますが、このお約束を守り更に発展させるために、現行制度と高松市の現状をもう少し自分なりに勉強してより具体的な政策(事務事業レベル)を早めに打ち出して検討していきたいと思っています。

 保育園のあいさつ回りを終え、一旦事務所に戻った後、夜もある自治会の会合に出席してご挨拶をしてきました。

1200m泳いでから活動開始でした

1月22日(月)

 午前中時間ができたので、ほぼ開店と同時にスポーツジムに行って、プールで1200mを泳いできました。
 スポーツは、見るのもするのも好きですが、特に水泳は、今私の健康の基礎作りとして欠かせないものになっています。
 また、空いた時間を見つけて、ジムに通えるようになり、やっとここに来て、自分の時間のつくり方、使い方が分かってきたようです。

 12時過ぎに事務所に出てから、1時に鶴尾地区の高齢者教室に出向いて、ご挨拶をさせていただきました。
 以前の川島地区でもそうでしたが、高齢者教室に出てこられる方は、本当に真面目に真剣に話しを聞いていただきます。
 目を見ているだけで励ましをいただいているようで、こちらの話にも力が入りました。

 その後、午後、ある企業グループの会合で挨拶をしてから、夜は、数件の会合を回り、それぞれご挨拶をさせていただきました。

 明日、明後日は上京のため、活動日誌を休ませていただきます。

イベントが盛りだくさんでした

1月21日()

 今日は、イベント盛りだくさんの一日となりました。

 午前11時からマツノイパレスにおいて、カーネーションを長年栽培してきた香川県花き園芸協会会長でもある岡内正明さんの黄綬褒章受賞をお祝いする祝賀会に出席して、僭越ながら乾杯の音頭をとらせていただきました。
 会場はステージも卓上にも色とりどりのカーネーションがきれいに飾られていて、心和む空間でした。
 岡内さんは、まさに黄綬褒章にふさわしい、カーネーションの栽培一筋に生きてこられた方で、可憐でありながら高貴の雰囲気もあるカーネーションの花に岡内さんの誠実なお人柄と心の美しさが現れているような気がしました。

 乾杯の後、すぐに中座して、今度は、サンポートのクレメントホテルであったある企業の新年会でご挨拶。


 午後は時間があったので、有名な香西寺初大師大護摩供養を見に行ってきました。
 風がなくていつもより火の燃え上がりが遅かったようですが、巨大な護摩壇を炎が包む様は、もうもうたる煙とともに圧巻でした。

 その後、サンポートホールで開催されていた「日本のうたフェスティバル新春公演」を覗き、関係者にご挨拶をするとともに30分ほど鑑賞させていただきました。
 子供たちが「茶摘み」や「うれしいひな祭り」、「ずいずいずっころばし」などを歌い、踊る様を見ていると、主催の「日本のうたを伝承する会」会長の石井るり子さんが言われているように、「昔から日本のうたは、美しい自然の賛美、そして美しい言葉」を持っていて、また、「童謡にはいっぱいの教訓」があり、これらに小さい頃から親しみ、歌い継ぎ、残していくことは、本当に大切なことであると思いました。
 最近、子供たちに関係する嫌なニュースが多いこともあり、ほっとするような気持ちになれた時間でした。

 夜は、再び、マツノイパレスであった会合に出席して冒頭ご挨拶をした後、ある地区の商店会の会合、国際ホテルであった新春パーティーと回ってから帰宅しました。

土曜日の行事

1月20日(土)

 今日は、土曜日。
 前にも記しましたが、公務員時代と違って、土日はいろいろ行事が入り、逆に忙しくなります。

 今日も11時から、国会議員の新年賀詞交換会に出席して、乾杯の後にご紹介をいただいて、壇上からご挨拶。
 会場には、県下各地からたくさんの人が来ていて、帰郷のご挨拶ができていなかった人にも、久しぶりにお会いすることができました。
 多くの人から「元気でやっじょんな。」、「身体にだけは気いつけてな」という温かい言葉をかけていただきました。

 その後、市議会議員の会合の冒頭でご挨拶をさせていただいてから、遅めのお昼に。
 讃岐うどんの本場香川では珍しい本格的な蕎麦屋でシンプルに「かけ」と「せいろ」を食べました。
 丁度客が重なったときに入ったため、相当待たされましたが、味はそれに十分適うもので満足しました。

 午後は、事務所で来客対応と事務整理。
 夜は、市議会議員の市政報告会に出てご挨拶をしてから、プライベートな会合で締めでした。

高齢者教室でご挨拶

1月19日(金)

 今朝は、10時から川島地区の公民館であった高齢者教室へ行って、ご挨拶をしました。

 さわやかな日差しの中で、お年寄りの方が真面目にいろいろ勉強をしようと大勢集まっていました。
 こちらもいつも以上に真剣になり、皆様の目を見ながら、できるだけわかりやすく、高松市政発展のため一生懸命頑張らしていただきます、ということを話しました。

 その後、事務所に戻り、事務作業をやってから、スタッフと一緒に歩いて2、3分のところにあるうどん屋で昼食。

 午後は、来客応対をしてから、夕方は小休止とさせていただきました。

 夜は会合が重なっていて、街中の居酒屋から小料理屋、そのあと香南町地区のレストランへ行き、それぞれ出席していた皆さんと握手をしながらご挨拶。
 最後はとんぼ返りをして市中心部に戻り、プライベートな会合に出席しました。

香川経済同友会でスピーチ

1月18日(木)

 今日は、午前中は来客対応。一昨日公表した政策宣言(マニフェスト)についての意見交換も行いました。

 お昼は、事務所のすぐ近くにある吉野家で牛丼を食べました。
 牛丼が復活して初めてでしたが、懐かしい味ではあるものの、事務所のスタッフが言っていたように、以前とは微妙に違うような気もしました。

 午後2時からは、香川経済同友会の会合で「地方分権、自治体改革とこれからの高松市のビジョンについて」と題して、地方分権についてのこれまでの経緯や基本的考え方、自治体を取り巻く現状と私の政策宣言(マニフェスト)について一通り説明をした後、出席していた皆様と若干の意見交換をしました。
 私の後援会会長である平田喜一郎氏も経済同友会の前の代表幹事で、今日もわざわざ出席していただき、私のご紹介もいただきました。
 経済同友会は、政策提言をする経済団体として地方分権にも造詣の深い会員の方も多く、今日も道州制などについて鋭い質問が出されました。
 また、高松市政についての貴重なご意見や私に対するアドバイスもいただき、非常に有意義な会合となりました。

 新年会も一段落したのか、今日は夜の会合はありませんでした。

阪神淡路大震災から12年

1月17日(水)

 1月17日。
 あの阪神淡路大震災から12年。干支も一回りしてあの年と同じ亥年です。
 その日、私は海外でいました。テレビ映像を不思議な気持ちで眺めながら、「KOBE QUAKE」の文字にもしばらく実際に何が起きていたか分かりませんでした。事実をおぼろげに認識して、すぐに神戸の妻の実家に電話をしたもののつながらず、焦りばかりが募っていたのを今でも思い出します。
 帰国後、突然人事内示が出て、新しく任命された震災担当大臣の下に設置される特命室に派遣されることになりました。
 各省庁から来た課長補佐クラスが、机も電話も設置されていない会議室に呼び集められて仕事を始め、それから一週間は、ほとんど寝る間もない泊り込みの作業となりました。
 特命室には、5月末までの4ヶ月ちょっとの勤務でしたが、防災と危機管理の重要性を嫌というほど認識させられた貴重な体験でした。

 さて、今日は、昼前に国分寺地区であった葬儀に出席したあと、まだ、正式にご挨拶に行っていなかったいくつかの団体へ出向き、あいさつ回りをしてきました。
 夜は夜で、4件の会合が連続して入っており、駆けつけて、ご挨拶をしては次の会場へと慌しく駆け回りました。
 ただし、最後の会では、「ここで終わりなら」とのお誘いに甘えて若干長居をさせていただきました。

 10時頃、家に着き、再びニュースで阪神淡路大震災の映像を見ながら当時の悲惨な状況に改めて思いを馳せていました。
 そして、何事にも「日頃の備え怠らざるべし」、と胸に刻み付けました。

大西ひでと後援会事務所開き式

1月16日(火)

 今日は、いよいよ「大西ひでと後援会事務所開き式」の日です。
 朝7時半に家を出て、事務所に着くと、既に駐車場の警備員やスタッフは持ち場について仕事を始めていました。
 そのような姿を見ると、多くの人が、私の活動を支えてくれているのを実感します。有難いことです。

 120席用意したパイプイスもほぼ埋まり、テレビカメラも含め、マスコミ各社の記者も結構来てざわつきはじめたころ、定刻の9時となり、式典が始まりました。
 但し、3人の国会議員の先生方が、高松発10時15分の飛行機で上京しなければならなかったため、神事の前にご挨拶をいただきました。
 神事は厳粛な雰囲気の中、滞りなく行われ、私自身、身の引き締まる思いで、新たなるスタートの決意を固めていました。


 神事が終わり、平田喜一郎大西ひでと後援会会長の挨拶の後、来賓祝辞。
 そして、私の挨拶では、今日まで皆様に支えられ、導かれて、本当に順調にここまで来られたことに対して、心からの御礼を述べさせていただきました。
 また、これからは公表した「大西ひでとの政策宣言(マニフェスト)」に基づいて、政策を中心に市民の皆さんに訴えていきながら、より実質的な形でのご支援の輪を広げていきたいとの願いを述べました。
 最後に我が町内会の木太町連合自治会長でもある河田高松市連合自治会連絡協議会会長の音頭による乾杯(缶入りのお茶です)で締めとなりました。

 スタッフの努力と多くの皆さんのご協力により式典は本当にスムーズに進行し、終わった後、皆が笑顔で会場を後にしていました。

 さあ、活動拠点も正式にオープンし、いよいよ本格的な政治活動のスタートです。
 気合を入れ直して頑張ります。

松の内も終わりです

1月15日(月)

 1月15日、松の内も今日で終わりです。最近は7日までという説もあるようですが、少し余裕があるほうがいいですよね。

 今日は、午前中はゆっくりと自宅で休んで、11時から平井卓也代議士主催の賀詞交換会に出席しました。
 1000人を有に超える大勢の出席者を迎えるところから始まり、いつもよりの長めに壇上でご挨拶をさせていただきました。
 後は会場を回りながら名刺を配りつつお辞儀と握手をしていくと、多くの人に励ましていただきました。

 平井代議士と事務所の皆様には、決意の時から退職して今日まで、本当にお世話になり、感謝の気持ちで一杯です。

 午後は、明朝に迫った後援会事務所開きの準備、リハーサルを行いました。
 直前になっていろいろ事情変更も起こり、気をもむところもありましが、どうにか整いました。

 夜は、私の今回の擁立の中心となっていただいた市議会の最大会派、同志会の新年会に出席して御礼のご挨拶をしてきました。

 松の内の終わりを迎えて、賀正の締めくくりにふさわしい日となりました。 

飯山の総決起大会

1月14日()

 これ以上ないような青空が広がった朝9時から、空港近くのホテルであったTAG(タカマツエアポート・エリア・グループ)という、高松空港を核とした広域行政区域にまたがる地域振興を図ろうという団体の新春芸能大会の開会式でご挨拶をしました。
 高松空港は、ターミナルや滑走路の大部分が旧香南町の区域にあり、合併によりこれも高松市内となっています。空港周辺の整備とともに、空港を活用した地域振興も高松市政の大きな課題であることを再認識しました。

 その後、実家のある飯山町に移動して、毎年正月に開かれている飯山・綾歌地区の丸中・丸高会に出席しました。

 その会場を中座して実家に戻り、12時過ぎから、以前、父が選挙事務所で使っていた実家の離れの会場であった「大西ひでと君を激励・支援する会」に出席しました。

 この会は、父が青年団時代に一緒に活動していた飯山町内の人を中心にして、私を激励しようと開いてくれたものです。
 ただ、話が伝わるごとにあれよあれよという間に参加者が増えていったようで、結局ざっと100人強の人が集まってくれていました。
 それだけで、感激しましたが、平均年齢は高いものの皆さんの血気盛んなことといったらありません。
 来賓のご挨拶では、私が生まれる前の父が初めて町議会議員に当選したとき(50年前!)の話から出て、父の青年団団長時代、県議時代のエピソードや故大平正芳元首相の話など、私の知らない話も多く、一つ一つのお話が私の心に響いてきて印象深いものでした。
 ただ、皆さん気分は若い頃の選挙に燃えていた時に戻っているようで、威勢のいい話に、お気持ちだけ有難くいただいておきます、ととりなすのが精一杯の場面もあるぐらいでした。

 夕方には、高松に戻ってきて、夜は、屋島地区と牟礼地区であった会合に参加し、ご挨拶をしました。
 ここでも、父と長い間お付き合いのあった県議会議員の方からエピソードを交えて、暖かく力強いご紹介を受けました。

 三年前に亡くなった父の残してくれた無形の財産の大きさ、有難さが身にしみた一日となりました。

友人の来訪

1月13日(土)

 今日は、10時から再び、後援会事務所開きの打ち合わせ。
 リースで借りることとしたパイプいす100脚も届き、何となくイベントが近くなってきた高揚感、というと大げさですが、緊張した雰囲気が出てきました。

 昼前には、広島から高速バスに乗って、旧自治省同期入省の友人が陣中見舞いに来てくれました。
 彼は、以前香川県に6年間勤務したこともあり、高松の街や人を私以上に良く知っています。
 お昼も彼と一緒に、なじみでよく来たという中華料理店で食べました。
 店に入るなり、「あら、お久しぶりです。」という声がかかり、店の人が総出でご挨拶に見えました。
 私も顔と名前だけは知られていたのですが、古くて長い付き合いの彼には敵いません。
 彼と私が同期の友人だったということも驚きをもって迎えられたようです。

 昼過ぎに彼と別れた後、ちょっと時間ができたため、ここ数日、行きたくて仕方がなかった散髪に行ってきました。
 髪も気分もすっきりしたところで、4時からは、中小企業団体主催の新年祝賀会へ行って、来ていた主だった人と名刺交換をしながらご挨拶。

 その後、事務所に一旦戻ってから夜も会社関係と町内会の新年会を掛け持ちをしてから帰宅しました。

事務所開き打ち合わせ

1月12日(金)

 今日も午前中は来客対応。
 午後は、スタッフ全員で来週火曜日(16日)に行う後援会事務所開きの打ち合わせを行いました。
 お呼びするのが、皆さん忙しい人ばかりで、他の行事等の兼ね合いで途中退席となる方もおられ、その調整が大変そうです。
 また、今の事務所は、限られた数のスタッフしかいませんので、当日は臨時の応援なども頼まざるを得ず、いろいろと心配は尽きません。

 事務所開き当日に資料として、現在策定中の「大西ひでとの政策宣言(マニフェスト)」も配布することとしました。
 マニフェストは、このWEBサイトにも掲載するつもりですので、ご覧の上、ご意見等を賜れれば幸いです。

 夜はある団体の新年会に参加してご挨拶をしてきました。

来客対応

1月11日(木)

 今日は、ほぼ一日来客対応で過ごしました。
 外での行事等はなかったのですが、朝から飛び込みで次々といろいろな人がやってきて事務所も賑やかでした。
 午後には、NPO法人の「香川ボランティア・NPOネットワーク」(通称:かぼえね)の方が来られて、意見交換とともに2月に私が出席して、討論会を開くことをお約束しました。
 財政事情が厳しくなるなかで、多様化する住民の行政ニーズに的確に答えていくためには、行政主体だけではなく、公共分野を補完するようなNPOなどの活動と協調していく必要があります。NPO等の支援により公共を多様な主体が担う豊かなものにしていくことが望ましい方向だと考えています。
 討論会が楽しみです。

夜は、気の置けない仲間との新年会でした。

東浜恵比寿神社の十日戎

1月10日(水)

 今日は大きな行事が続いた一日となりました。
 午前中は、国分寺町地区の老人会の新年会にお邪魔してご挨拶。

 後からカラオケやフラダンスの余興大会もあったようですが、その前に失礼して事務所に帰り、いただいた弁当で早めの昼食をとりました。
 昼からは350人ほど集まったある団体の新年会で壇上からご挨拶。

 そして、今日のメーンイベント、東浜恵比寿神社の十日戎(えべっさん)です。
 午後1時半から40分ほどの神事を行った後、隣の駐車場の2階から餅投げです。


 私も僭越ながら餅と木札の入った福袋を持ち、福の神の役目を果たしました。

 餅投げは、島根県の総務部長の時に隠岐島で行って以来でしたが、嬉しくて思わずえびす顔となりました。

 夜は、木村義雄代議士の新春賀詞交換会に出席し、1000人ぐらいは入っていると思われる立食パーティの大会場の壇上からご挨拶。
 木村代議士から、打診をいただいた時から今回の事態は始まりました。いわば、最初に背中を押していただいた人です。
 その御礼が中心のご挨拶でしたが、来賓挨拶が延々と続いた後の最後のバッターであったため、司会者のご要請に従い、簡潔を旨とさせていただきました。

仏生山法然寺あたり

1月9日(火)

 昨日に続いて、快晴でさわやかに身が引き締まる冬の日となりました。
 正式の事務所開き式を来週16日(火)午前九時から関係者で執り行うこととしており、午前中は、その準備作業の打ち合わせや来客対応で過ごしました。
 午後からは、社会福祉施設や各種団体を数箇所回り、ご挨拶をしてきました。
 途中、仏生山の旧高松藩松平家の菩提寺来迎院法然寺にちょっとだけ立ち寄りました。

 高松の中心部からこの仏生山の法然寺へ至る街道は「お成り道」とよばれ、高松藩主松平公の墓参の行列が従来したそうです。門前町として江戸の面影を残す風流な町が仏生山です。
 でも、その分道が狭くて不便という声もあります。このあたりには、奈良時代に造られた道もそのまま使われているということで、歴史の古さ、深さは並みのものではありません。
 現代の車社会の基準からすれば、不便で危険、ということになるのかもしれませんが、この歴史性だけは失いたくないものです。

 夕方に、この正月2日に行った高校の同窓会に参加できずに残念だった、といって懐かしい同級生が事務所を訪ねて来てくれました。彼自身は、三豊市に在住していますが、仕事の関係で高松市にも知り合いが多いということで、後援会カードをたくさん持って帰ってくれました。有難いことです。

成人の日と屋島2

1月8日(月)

 今日は、成人の日で国民の休日です。
 でも、元々成人の日は、1月15日という頭があり、丸々1週間も前に休日となるのに違和感を持つのは私だけでしょうか。
 連休をたくさん作って、日本人を休ませ、経済効果にも期待しようというハッピーマンデー法が2000年に作られて、成人の日は、1月の第二月曜日ということになったのですが、そもそも15日が月曜日にあたる今年のような年は第三月曜日の1月15日でいいんじゃないの、と思います。
 この辺は、法律を作るときに誰かがネグレクトしたのでしょうが、そこはもうちょっと丁寧に作って欲しかった気がします。

 さて、今日は朝から高松市内の山の斜面に聳え立つように位置する喜代美山荘花樹海で、詩吟の会の新年吟詠会に呼ばれて新春を寿ぎながら、ご支援をお願いするご挨拶をしてきました。
 

 空は穏やかに晴れ渡り、窓から高松の町と瀬戸内海、女木島、男木島を始めとした島々が本当に美しく冬日に映えて見えました。
 

 その後、ホテル・ルポール讃岐でこれまた文化団体の新年会の冒頭にお邪魔してご挨拶。

 昼食をとって、事務所で来客対応をした後、今度は、サンポート(築港再開発地区)にある全日空ホテルクレメント高松で企業の新年会に出席してご挨拶をしてきました。
 このホテル3階から見た瀬戸内海の眺めも絶景でした。
 でも、どうせなら更に高く、シンボルタワーの展望台(30F)に昇って景観を眺めてみようと、表に出たところ、丁度「高松市成人式」が終わったところらしく、黒の礼装の男性と白いショールに振袖姿の女性がわんさかとサンポートホールの入り口にたむろしていました。
 ちょっとはしゃぎすぎの感はしましたが、天気の所為もあって、全体としてはすがすがしくさわやかな印象を受けました


 写真はその成人式解散後のシンボルタワー入り口と展望台から眺めた高松港屋島の風景です。
 成人の日にふさわしい佳き日でした。

屋島という風景

1月7日()

 今日は、午前中に屋島に本部のある団体の新年会に伺い、20分程度の長めのご挨拶をしてきました。

 その後、一旦事務所に寄り、午後一番で今度は旧香川町地区のホテル、マツノイパレスで行われていた知的障害者の施設を運営している社会福祉法人の新年会に出席して、ご挨拶をしてきました。
 昨夜からの暴風雨が残り、荒れた天候でしたが、若干晴れ間も見えていました。
 写真はマツノイパレスから、旧香川町立(現高松市立)体育館の屋根越しに屋島を望んだものです。屋島自体はちょっと薄ぼやけていますが、現代の体育館の大きな屋根と自然が創り出した屋根のような山(丘?、昔は島!)のコントラストが面白く、思わずシャッターを押しました。


 屋島といえば、4日の活動報告の写真の窓にも写っているのですが、それを東京の友達が見て、「窓の外の絶景な風景に見とれてしまった」とメールに書いてきました。
 屋島は、源平の古戦場としても有名でその歴史性とユニークな形状とで意味の風景としても視覚の風景としても絶品だと思います。
 「瀬戸内海の発見」(西田正憲著、中公新書)という本の中に、
 「四国の讃岐には八栗山(五剣山)屋島白峰山(五色台の一部)讃岐富士(飯野山)象頭山と人目をひく山々が並んでいる。メサやビュートと称される火山地形で特異な山容を呈しているが、源平合戦や西行ゆかりの名所旧跡でもあり、江戸時代の人々も目をうばわれていた。」との記述もあります。

 映画「世界の中心で愛を叫ぶ」における庵治町から見た屋島五剣山、「UDON」における丸亀市から見た讃岐富士などは、地元の見慣れている人から見ればどおっていうことはなくても、知らない人から見れば「いい景色だなあ」と大きな感慨を持って見られることも多々あるようですよ。

完全休日

1月6日(土)

 世間は今日から三連休。
 でも私の場合はそうは行かないのは当たり前。最初からあきらめていました。
 ところがところが、今日に限っては、不思議なことに会合が一件も入ってきませんでした。
 そこで、昨日の帰り際に急遽「完全休日宣言」をして、一日休みとしました。

 いつもより朝寝坊をして、年賀状を整理し、スポーツクラブに行って、ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート・2007を見て(聴いて)、書初めをして、と休みを満喫しました。
 でも、ちょっと盛りだくさん過ぎた嫌いはありますね。

賀詞交換会でのご挨拶

1月5日(金)

 今朝は、もう春がすぐそこまで来ているような暖かさで、コートも必要ないと思って出かけたのですが、夜になると急に冷え込みが厳しくなり、明日からは寒波も厳しく、冬の荒れた天候に戻るのだそうです。
 天候不順です。でも、総じて言えば異常なほどの暖冬で、温暖化の影響だけは確実に押し寄せているような気はします。

 ところで、新年の仕事始めからしばらくは、各種団体や企業の賀詞交換会の日程が続きます。
 今日も2件、その種の会合に顔を出してご挨拶をしてきました。
 そのような場では、大勢の人がいる中で年頭のご挨拶をする来賓の一人として出席することが多いので、そんなにたくさんのことをしゃべれるわけではありません。
 また、名前と顔を売り、ご支援のお願いはできても、残念ながら政策などの堅い話は好まれないようです。
 今日の挨拶も、「今年は亥年で年男。猪突猛進で頑張ります。」というフレーズに、「イノシシは多産だそうです。少子化が少しでも緩和して命がたくさん育まれるような幸多き年となることを祈っています。」と続けました。
 ちょっと皆さん、そこでにこやかになられたような気がします。
 しばらくは正月にちなんだおめでたい話を短めに取り入れて、精力的に会合を回る日々が続きそうです。

 午後からは、関係者が事務所に集まって、正式の事務所開きの段取り等について打ち合わせを行いました。

仕事始めと新春特別講演会

1月4日(木)

 新年明けましておめでとうございます。

 2007年、平成19年最初の活動報告です。

 今日から仕事始め。
 大西ひでと後援会事務所も今日から業務を開始しました。

 午前中は市役所や関係方面に新年のあいさつ回り。
 つい先日会っていた人でも年が変わって「おめでとうございます」と挨拶を交わすとお互い非常に新鮮な気持ちになれるから不思議です。

 特に今日の高松はさわやかに晴れ上がり、新しい年の始動にふさわしい日でした。
 事務所のほうにも何人かの方がお寄りいただき、ご挨拶をさせていただきました。

 午後5時からは、公務員志望の学生を対象にした「新春特別講演会」で1時間ほど講演をしてきました。
 場所は、サンポートシンボルタワー11階にある東京アカデミーです。
 写真でもお分かりのとおり、窓から港と屋島が見渡せる会議室で、今年国家公務員や地方公務員の試験を受けようという学生を中心として、約60名が集まっていました。
 私の公務員としての経験談を中心にお話をしました。
 思っていた以上に聴講生が真剣な雰囲気で聞いてくれ、ついついこちらも嬉しくなって一つ一つの話が長くなってしまい、結局予定していた項目を相当端折らざるを得ませんでした。
 担当者からも「有難うございました。面白かったです。」と褒めていただきましたが、「時間が足らず申し訳ありませんでした。」と恐縮されてしまい、ちょっと複雑な心境です。
 公共への奉仕という「」を大事にして欲しい、ということをお願いしましたが、今日の私の話が公務員志望の聴講生の皆さんのモラール・アップに少しでもお役に立てればいいな、と願っています。

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