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 さて、「高松散歩」のコーナーを作ったはいいけど、どんなことを書こうか??・・・  と、思い悩みながら、決めました。

 ★ このコーナーでは、私の好きなこと、街で見つけたこと、趣味の音楽、スポーツあたりを中心にごった煮でしかも文体等にもこだわらずに徒然日記風に記していきます。
 独断と偏見で勝手な言い分も出てこようかと思いますが、そこはご容赦を。

■■■ 第八十五回 ■■■

異文化衝突の衝撃に感激

2月24日

 アルファあなぶきホールで開催された「’4HANDS’AGAIN  OUT OF PLACE(’4ハンズ’再び アウト オブ プレイス)」と題された音楽とアート(アクションペイント)の融合した異文化交流ステージにお誘いを受け、行ってきた。私が、ジャズや現代アートが好きだということが高松出身の西村記人さんの耳に入ったようで、チケットをいただいたのだ。

 アート(アクションペイント)はその西村記人が担当。音楽の方は、ピアノの山下洋輔、大鼓の大倉正之助、ギターの大友良英、DJの松浦俊夫に、DJ’sのU.F.O(矢部直とラファエル・セバーグ)という豪華メンバー(DJ3人の名前は初めて聞いたが、その世界では相当有名らしい)が勢ぞろい。

 彼らが、第一部では1対1、あるいは1対1対1のコラボで思い思いに即興でのパフォーマンスを仕掛け合い、それが異文化接触異文化衝突となって火花を散らすやら、融合して溶け合うやら、やってみてのお楽しみというステージを繰り広げてくれた。
 そして第2部ではこの6人+急遽参加1名(名前は忘れた)の7人の侍が一堂に会してのパフォーマンス。
 この第二部のステージでは、DJが生み出すクラブ風のリズムが効いた電子音楽にエレキギターの金属摩擦音がキーキーと鳴り響き、ステージの底と背後から聞こえるような大倉正之助の囃しと鼓の音が間合いを取り、山下洋輔のまさに打楽器的奏法のピアノの音が幾層にも乗っかるという感じの音楽がわんわん響いている空間の中心で、西村記人が痩身をくねらせ、骸骨の踊りのようなシルエットを見せながら、アクリル板に絵具を塗ったり、叩き付けたりしてペイントしていく。

 それぞれの分野で一流の個性と個性がぶつかりあって、反発したり溶けあったりしたりしながら圧倒的な緊張感と心地よさを生みだしていた。
 途中10分間の休憩をはさんでの約2時間の公演は、あっという間であり、もやもやしていた頭もすっきり。言葉で表現することは難しいが、感激、感動のステージであった。
 あえて言い表すなら、「これぞジャズ!という喜び」というところか。

 芸術文化は人に生きる力、生きる喜びを与えてくれる、それを今日は自分自身で体感できたことが嬉しい。


■■■ 第八十四回 ■■■

「長楽無極」(長き楽しみ極まり無し)

2月24日

 今年も高松市職員文化展に書作品を出展しました。2年前に市役所の書道クラブにお誘いを受け、毎年、何か作品を作る動機にもなるかなと思い、出すこととしたものですが、今年は、「硯友展」に出した全紙2枚の大型作品を制作していたため、十分な時間がとれず、自分では十分納得の作品とまではいかないものを出さざるを得ませんでした。でも、それも実力のうち。また、来年の出展に向けて、良い作品が作れるよう精進していきたいと思います。



 字は、「長楽無極」(長き楽しみ極まり無し)で、いく久しい楽しみが尽きない、という意味のよく書の作品で描かれるおめでたい4字熟語です。字体はこれも隷書でずっと臨書の稽古を続けている「張遷碑」の字体に倣って書いたものです。

 今回は、他の人も掛け軸作品を出展しており、市役所ロビー正面に、3本並べたその真中に私の作品をかけていただいています。


■■■ 第八十三回 ■■■

見返り美人や太宰府の飛梅

2月10日

 活動報告で記したとおり、10日から一泊二日の日程で、福岡県大野城市で開催された、7世紀中ごろに造られた朝鮮式山城や神籠石の史跡を有する自治体が一堂に会する「古代山城プレサミット」に行ってきました。

 そして、会議の後、前々から一度訪ねてみたかった大野城市のお隣の太宰府市にある九州国立博物館に行ってきました。東京、京都、奈良に次ぐ全国で4番目の国立博物館として平成17年度に開館したこの博物館では、ちょうど特別展「京都妙心寺 禅の至宝と九州・琉球」が開催されていて、禅文化の粋を示す数々の名宝を鑑賞することができました。休日のためか雨天にも関わらず、館内は多くの入場者で混雑していましたが、妙心寺派の禅文化とその心に触れられる名宝の数々を見て、非常に心が洗われるような清々しい時間を過ごすことができました。途中、館内で妙心寺派の地元のお寺の住職の辻説

法も聞くことができ、「知足」の話に、思わず頷きながら得した気分にもなりました。展示品の中で私が一番気にいったお宝は、白隠慧鶴和尚の「達磨図(ギョロ目の大達磨)」です。現代アートに通じる迫力のある達磨様です。
 特別展の観覧を終えた後、文化交流展示(平常展示)も見てきましたが、そこでも思わぬお宝に巡り合えました。切手収集に熱を上げていた小学生のころ、あこがれの記念切手の図柄としてよく目にしていた菱川師宣の「見返り美人図」です。思ったより小さい浮世絵でしたが、色の鮮やかさとしなやかな動きと色気を感じさせる美人画にしばし見とれました。

 名品の数々を見てうっとりとしながら、九州国立博物館を出て、トンネルのほうに歩き、動く歩道を通って、エスカレーターを降りると、そこは既に太宰府天満宮の境内となっています。本殿もほど近く、生憎の大雨の天気でしたが、道真公が京都を去る時「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と歌い残した梅が、次の年に道真公をしたって一晩で太宰府に飛んできて花を咲かせたという言い伝えのある本殿前の飛梅が、ちょうど満開でした。その飛梅を愛でながら、天満宮にお参りをすることができました。

 古代山城、妙心寺、見返り美人図、太宰府天満宮、飛梅などなど、歴史の深い北部九州という土地柄もあり、古代から中世にかけての日本の歴史の生々しさや名宝の数々に触れ、大いなるロマンを感じることができた視察の旅となりました。


■■■ 第八十二回 ■■■

嬉し恥かし−硯友展に書作品を出展

1月19日

 私が書を習っている小森秀雲先生が会長をしている書道愛好家の団体、硯友会が高松市美術館で隔年開催している展示会、硯友展に私の書の作品を出展しました。もちろん、こうした正式の展覧会に、しかも美術館の展示室に自分の作品を出すのは、初めての経験であり、ついこの間までは、そんな大それたことができようとは想像もしていませんでした。それが、小森先生の強力な(強引な)お勧めもあり、現実のものとなりました。





 作品は、2ヶ月ぐらい試行錯誤をしながら仕上げた張遷碑(後漢186年。書体は隷書)の一部を全紙2枚に臨書(原本に忠実に写し書くこと)して、2曲屏風に仕立て上げたものです。自分では、ある程度満足した出来ではありましたが、所詮、本格的に書を習い始めて3年程度の腕前。展覧会に出すことだけでも、とても恥ずかしい思いでした。
 その上、今日展示会場に入ってさらにびっくり。私の作品が、会場正面のガラスのショーケースの真ん中に位置していて、小森先生の大作と隣り合わせに飾られているではないですか。

 「この場所に置いて貧弱に見えず、存在感があるのは大したものだ。」と小森先生や関係者に過分な褒め言葉をいただきましたが、書いた自分自身は、どうしても、作品の粗ばかりが目に付いて、赤面の至り。もう少し、あの部分を丁寧に書いとけばよかったとか、あれこれ考え、反省が先にたちます。

 でも、こんなに光栄なことはめったにありません。
 書道の上では、まだまだ、駆け出しの身。これを、大きな励みとして、2年後の硯友展では、より水準の高い作品を出展できるよう、大いに励んで参りたいと思います。

 時間と空間の無さを言い訳にせず、にね。


■■■ 第八十一回 ■■■

不易流行

1月12日

 活動報告でも書きましたが、昨日の成人の日に、サンポートホール高松で行われた高松市成人式の主催者代表挨拶兼祝辞で、松尾芭蕉の言葉とされる「不易流行」について触れ、今年の成人式のテーマに引っ掛けて、「一時的な流行に惑わされず、「不易」、いつの時代にも変わらないものをしっかり見据えながら、「New Sensation」を巻き起こしていただきたいと思います。」と話しました。

 この「不易流行」と言う言葉。前々から気になっていた言葉でしたが、いまひとつその言わんとするところがつかめず、これまであまり使ったことはありませんでした。もともとは、芭蕉が俳諧について「奥の細道」の旅を終えて到達したとされる論理で、「不易、流行、その基一つなり。不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」という言葉がもとになっているようです。
 ある解説によると、「いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。」とありますが、同時に「解釈には諸説ある」とされていて、用法も使う人の都合にによって、様々であるようです。

 今回、この言葉を新成人に問いかけてみよう、と思い立ったのは、新成人の運営スタッフが決めた今回のテーマである「New Sensation」についての解説の中で、このテーマは同時に「自分達が心の中に抱く「変わらないもの」を大切にする気持ちをいつまでも持ち続けようというメッセージ」も込められている、ということを知ったから。そういう趣旨なら、古い(?)言葉で言えばこの「不易流行」という言葉になるのではないか、と結びついたものです。

 「不易流行」。メッセージとして自分の口から発しはしましたが、まだまだ、自分の中でも消化はし切れてはいません。
 それも当然と言えば当然です。江戸時代初期において現代の俳句につながる俳諧の芸術性を大いに高め、俳聖と呼ばれる松尾芭蕉が、晩年に到達した一つの極みの境地(俳論)を表現した言葉なのですから。

 いつか、「あっ、こういうことか」と閃き分かる日が来ると良いのですが、それまでは、普通に「変えるべきでないものを大事にしながら、環境の変化に対応した目新しさを追い求める」、「基本(定型)を大事にしながら、斬新な応用(新味)を施していく」ことを心がけたいと思います。
 でもそれ自体が、言うは易し、するは難し、ですね。


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