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 さて、「高松散歩」のコーナーを作ったはいいけど、どんなことを書こうか??・・・  と、思い悩みながら、決めました。

 ★ このコーナーでは、私の好きなこと、街で見つけたこと、趣味の音楽、スポーツあたりを中心にごった煮でしかも文体等にもこだわらずに徒然日記風に記していきます。
 独断と偏見で勝手な言い分も出てこようかと思いますが、そこはご容赦を。

■■■ 第九十五回 ■■■

143年前、龍馬は三豊市沖で事故っていた

8月21日

 活動報告した昨日、三豊市で行われた瀬戸内クルージングサミットのシンポジウムの後、関係者で船に乗り、幕末の1867年4月23日に坂本龍馬率いる海援隊が伊予大洲藩所有の「いろは丸」を借り受け、物資を長崎から大阪に運搬中、現在の香川県三豊市沖で紀州藩船明光丸と衝突し、鞆の浦に曳航される途中で沈没したという現場海域を視察してきました。



 仁尾マリーナから船に乗り、沖へ向かうこと約30分。目印も何もない、ただの青い海原の現場(衝突地点は、関係資料等からの推測。沈没地点は、GPSで特定できているとのこと。)に到着してエンジンを止め、詳しい説明を受けただけなのですが、そういう歴史的出来事、しかも今話題の坂本龍馬にまつわる話をその現場地点に滞在しながら聞くと、何か、難問を解決した時のような合点がいき、ある種の感慨がわきあがってくるから不思議なものです。厳しい残暑が残る日差しの強い中でしたが、行けて良かった、と思いました。

 ちなみに、「いろは丸」事件の談判を終えた龍馬は、約1ヵ月半後の6月9日に長崎から土佐藩船「夕顔丸」に乗り込み、兵庫へと向かい、その船中で(記録が残されていないので、推測ですが、多分、瀬戸内海を航行中)かの有名な大政奉還等を提言する「船中八策」が作られました。そして、それから約4ヶ月後の10月15日に大政奉還がなされており、それを見る間もなく、わずか一月後の11月15日に龍馬は、京都河原町近江屋で中岡慎太郎らとともに暗殺されるのです。
 それにしても、仁尾マリーナから見えた夕陽の美しさ
(写真)もまた格別でした。143年前には、同様な瀬戸 

の夕陽を坂本竜馬も瀬戸内海の上から見ていたのでしょうか。そう思うと、また新たな感慨がわいてきました。


■■■ 第九十四回 ■■■

ちょい悪オヤジ風?

8月4日

 香川県の支援により、常磐町商店街の空店舗を活用して文化芸術の情報発信拠点を作ろうと、8月1日にTAG(トキワ・アート・ギャラリー)がオープンし、開所式でのご挨拶とオープニングを飾る写真展「History of 30people」のテープカットに行ってきました。

 この「History of 30people」という写真展。
 常磐町商店街をはじめとした高松市の中央商店街8町で活性化のためにがんばっている人30人を選び出し、そのポートレートを若手女性写真家(フォトグラファー)GABOMI(ガボミ)が写し撮ったものを展示したものです。

 光栄にも私もその1人に加えていただきました。
 GABOMIさんの「ちょい悪オヤジ風で」というリクエストにお答えして、オールバックのリーゼントで決めて、とも思ったのですが、撮影直前にちょっと手を入れただけのにわか仕立てのため、髪型は中途半端。本人としては、若干不満の残る被写体の出来ではありました。
 しかしながら、完成した写真は、なかなかうまく撮れており、見た人からは、「市長、かなり若返りましたね。」などと、概ね好評で、私も嬉しくなりました。

 ギャラリー正面に置かれて、ポスターとなった常磐町商店街振興組合の野沢理事長の変身ぶり(これは当に「ちょい悪オヤジ」)も見事ですが、他の人の写真も、ほとんどがいつもとは違った外見やしぐさ、表情をしながらも、個性が写真にしっかりと撮られていて、その人のこれまで歩いてきた人生や人となりなどが、じわっと伝わってくる味わいのあるものに仕上がっていました。
 お知り合いのおられる方は、是非一度足を運んで見てみてください。
 きっとたくさんの「良い顔」が見れて、少し嬉しくなれるはずです。



■■■ 第九十三回 ■■■

維新派犬島公演「台湾の、灰色の牛が背伸びをしたとき」

7月28日

 「維新派」、と言ってもはやりの龍馬伝とは関係ありません。ましてや、新しい地域政党とは、全く関係ありません。
 現在開催中の瀬戸内国際芸術祭の関連事業の一つで、岡山県犬島で野外劇「台湾の、灰色の牛が背伸びをしたとき」を公演している劇団の名称です。その「維新派」の公演を昨日犬島まで行き、鑑賞してきました。

 高松港から運行されている専用船に乗ること45分ほど、豊島の北に位置する犬島に到着。犬島は私も訪れるのは初めてですが、定住人口は60人ほどだというこの小さな島は、その象徴である巨大な煙突を中心として、島全体が一つのアート作品、あるいはパフォーマーとして存在しているかのように整備され、上陸するだけで、心が動かされるものがあります。
 まずは、今回の芸術祭の参加作品である「犬島・家プロジェクト」を見て回り、そして、かつては銅の精錬所だった遺構が建築家の三分一博志さんとアーティストの柳幸典さんのコラボレーションで巨大な野外美術館?に


生まれ変わっている「犬島アートプロジェクト「精錬所」」を鑑賞、十分に犬島の魅力を味あわせていただきました。
 そして、公演開始までの約一時間は、劇団員が出しているエスニック料理の屋台で軽食を食べながら、綱渡りパフォーマンスや女性ロックシンガーのミニライブを楽しみながら開演を待ちました。

 犬島へは、高松だけでなく岡山からも大勢ツァー客が訪れていて、平日だというのに、客席はほぼ満席という状況で、夏の夕方の小さな島は、人があふれるように大いに賑わっていました。
 公演は、6時半から約2時間。全くの野外劇場ですから、蝉はやかましく鳴いていますし、自然の空や空気、月や宵の明星もすべて舞台装置の一部です。精錬所の象徴である崩れかけた巨大な煙突の遺構も重要な舞台装置となっていました。
 日没前のまだ明るいうちに劇ははじまり、途中、青い空にオレンジの薄い敷物を敷いたかのようなきれいな夕焼け空が現れました。そして日没。舞台の上の電燈の灯りが、ごく当たり前のようにともされ、スポットライトが眩しくなり始めると、次第にフィナーレに向かって劇が盛り上がっていきます。

 物語は、現代と19世紀後半から20世紀前半の台湾を中心とした東南アジアの植民地地帯を題材としたもので、それぞれの時空がいったりきたりして、または、異なった時空が同時並行して舞台上で繰り広げられます。ただし、犬島と言う小さな島の中で、ノンフィクションである現実の自然な時間と空間の流れに全体が包まれているせいか、体感としてはフィクションとノンフィクションの境目がなく、これまでにないような、ナチュラルな(?)観劇体験であったように思います。

 帰りも午後8時45分犬島発の専用船で帰高。
 アートと。すべてが見事にコラボレーションしていて、非日常的な感動を味わえた半日の小旅行となりました。


■■■ 第九十二回 ■■■

一足先に「まねぶ・モリエンナーレ」開幕

7月18日

 活動報告でも記しましたが、19日の海の日から始まる瀬戸内国際芸術祭2010のオープニングを目前にして、高松市美術館で、美術愛好家の間では、大きな話題を呼びそうな美術展が昨日(17日)から開幕しました。「森村泰昌モリエンナーレ/まねぶ美術史」展です。
 そして、そのオープニングレセプションが16日の午後行われ、今回の美術展の主人公の森村泰昌さんにもご挨拶をいただきました。


 今回の展覧会は、森村泰昌さんの作品コレクション展というよりは、森村さんがこれまで積み重ねてきた美術修行の一端をその元(モチーフ)となった本物の絵画(美術品)とともに自分史のような形で辿っていく非常にユニークな美術展となっています。しかも、森村さんの習作の元となった有名な絵画等として並べられているのは、ほとんどが高松市美術館に所蔵されている作品です。その意味で、森村さんの若き頃の感性の鋭さや情熱が感じられる作品ととともに並べて展示されることにより、高松市美術館のコレクションの豊富さと質の高さが、改めて認知され、更に輝きを増したようにも感じられます。

 この展覧会。これが森村泰昌の「まねぶ」ということだ、という展覧会の狙いがストレートに伝わってきて、感動を味わえるものに仕上がっています。私も今回、認識を新たにしましたが、「まねぶ」とは、造語ではなく、「学ぶ」と「真似る」の共通の語源でもある言葉だそうです。まさに、美の世界でも学習とは「真似て学ぶ」もの、すなわち「まねぶ」ものなんだ、ということを森村さんの若かりし頃の試行錯誤の習作の数々を目にして、感じることができました。
 私が今習っている書道にしても、古典を紐解き、それを丁寧に真似て書く、臨書という手法を抜きにして上達はあり得ません。そして、その「まねぶ」作業は、単に「似せて描く」のではなく、「それを書いた感覚を追体験する」ということが大事なのだという、コメントは、まさに臨書の意義とも通じるものです。「まねぶ」大切さが良くわかりました。


 今回の展覧会の最後の部屋に設置されている、ポスターにもなっている森村泰昌さんの「まねぶ」最新作の田中敦子《電気服》を題材にした作品は、瀬戸内国際芸術祭2010で女木島に開設される「福武ハウス」にも展示されることとなっています。是非、そちらも合わせて鑑賞していただき、多くの人に「まねぶ」楽しさと森村ワールドの面白さを体感していただきたいと思います。

 ちなみに「モリエンナーレ」とは、美術イベントで良くつかわれるビエンナーレ(2年に一回のイベント)やトリエンナーレ(3年に一回のイベント)のパロディでつけたものだそうです。第一回を成功させて、今後、トリエンナーレとしていきたいと思っている瀬戸内国際芸術祭の開幕直前の盛り上げとしても、思わず苦笑いさせられながら、さらにやる気が出てくるような美術展の開幕となりました。


■■■ 第九十一回 ■■■

再び、「1Q84」と「シンフォニエッタ」と「オルジュバルの夜」

6月28日

 巡り合わせの不思議に自分でも少し驚いている。

 村上春樹の「1Q84 BOOK3」を読み終えた。
 そして、その感想をとこの高松散歩を書いているのだが、「BOOK1,2」を読み終えて「「1Q84」と「シンフォニエッタ」と「オルジュヴァルの夜」」と題して書いた高松散歩の日付は、6月28日。ちょうど一年前の今日であった。

 そして、そこに書いてあることが、予言のごとくBOOK3で展開されたことに、少々驚いているのである。

 まず、BOOK2が思わせぶりに終わっていたので、BOOK3の登場は予想的中(もちろん数多くの読者も同様の予想をしただろうが)。
 妻が発売とほぼ同時に単行本を買ってきたため、妻が読み終えるのを我慢して待ち、20日ほど前から、寝る前や、休日の合間合間に読んで、昨日読了した。  

 期待にたがわず面白かった、とは言える。
 でも、BOOK1、2の様な次にどんな展開になるのか、予想不能の奇想天外な物語の躍動感は影をひそめ、伏線の解きおこしと最後の場面に向かっての一直線の素直な筋展開となっていて、若干拍子抜けはした。
 前回の高松散歩で、「「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」などのこれまでの村上作品の集大成として一つの到達点に至った作品、と評価しても良いのではないか。」と既に書いたところだが、あえて現時点から遡って分析すると、BOOK1、2がどちらかと言えば「海辺のカフカ」の乗りだったのに、BOOK3は、「ノルウェイの森」


の純愛路線に戻った感じである。もちろんそれはそれで悪くはない。

  今回は、村上春樹の本にしては珍しく、音楽が表に出てくる場面がさほどなく、その点はやや物足りなかった。
 そこで、最後の場面では、BOOK1の冒頭に鳴り響き、青豆と天吾がともに関わった音楽であるヤナーチェクの「シンフォニエッタ」のCDを、実際に部屋で流しながら、本を読み進めた。すると、音楽が本に入ってくるようにぴったりとシンクロナイズしたのである。やはり月の2つある「1Q84」の世界を象徴するのがこの「シンフォニエッタ」のなんとも不思議な調和(不調和)の音楽なのであった。


 それと絵である。
 前回に、「この「1Q84」の世界を絵にするなら、何と言ってもマルク・シャガールの「オルジュヴァルの夜」であろう。月が一つしか描かれていないのが残念ではあるが、この本の挿絵が描かれるとすれば、この絵がぴったりではないだろうか。花束の中で愛の夜を祝福してヴァイオリンを奏でている羊が猫であれば、言うことなしである。」と記している。

 この評価は、そのまま、いや、より数段的確に、BOOK3の最後の場面の世界に当てはまる。
 なぜなら、今回は、月はそのまま一つでよく、ヴァイオリンを弾く羊も猫である必要はなくなったからである。

 マルク・シャガールの「オルジュヴァルの夜」を持ち出したのは、ちょっとした思いつきにすぎなかったのだが、BOOK3の最後の場面が、ここまでぴったりとこれに納まるとは、ある意味予想外だった。これも村上春樹の伏線の術にうまく乗せられていたのかも知れない。

 そうなると、また気になるのは、BOOK4はあるのだろうか、ということ。
 そこが心配(楽しみ)になる余韻の残し方は、流石である



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