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遅ればせながら、退職のご挨拶

既に、高松での生活を紹介するブログを書いており、話が後先になりますことをお許しください。

ご挨拶が遅れましたが、去る11月2日付けで総務省を退職しました。

昭和57年4月に自治省に入省以来、24年と7ヶ月の公務員生活でした。

この間、

自治省行政局選挙課、宮城県地方課・財政課、自治省官房総務課・財政局財政課主査、北九州市資金課長、国土庁地方振興局農村整備課長補佐、岐阜県総務課長・財政課長、自治省税務局企画課長補佐、国土庁阪神淡路大震災担当大臣特命室、北海道財政課長・地域振興室長、自治省税務局税務企画官、島根県総務部長、地方公務員災害補償基金訟務課長・企画課長、総務省財政局地域企業経営企画室長、総務省情報通信政策局地域放送課長

と北海道から九州まで列島各地に赴任するとともに、実に多くの役職を経験することができました。

また、それぞれの地域、職場で仕事や日常生活を通じて素晴らしい友人知人に恵まれ、本当に充実した有意義な年月を積み重ねてくることができたと思っています。

退職翌日3日には、故郷香川県に戻り、県都高松市の発展のために尽力すべく、活動を開始したところであります。

急転直下の状況変化でお世話になった皆様にも十分なご挨拶ができず、申し訳ありませんでした。

現在は、気力充実、至って元気に各方面のあいさつ回りなどに励んでおります。

今後とも変わらぬご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。

                   11月18日  大西 秀人 拝

ファイブアローズ♪チャッチャッチャッチャッ♪

またまた香川のスポーツの話題。

先日(11日)行われたBJリーグ(プロバスケットボールリーグ)の公式戦、地元高松ファイブアローズの対東京アパッチの試合を見に行ってきました。

もちろんプロのバスケットボールの試合を見るのは初めてです。試合の間中、地元チームが攻撃のときは「♪ファイブアローズ♪チャッチャッチャッチャッ♪」の応援フレーズが大音響で流され、逆に相手方のフリースローとなると耳障りな雑音としかいえない「ブゥ~~~」のブーイングが鳴り響きます。ホームアドバンテージがかなり極端なのにちょっと驚きました。

試合は、初めは高松ファイブアローズがずっとリードしていたのですが、途中東京アパッチが逆転し、地元ファンにとっては冷や冷やした展開となりました。

最終的には77対67で高松ファイブアローズが快勝し、公式戦初勝利を飾ってめでたし、めでたしです。

私がこの試合を見に行くこととなったのは、もともとは観戦に多く来るはずの関係者へのご挨拶が目的だったのですが、試合が始まると2メートルを超える選手も何人かいるプロのスピードと迫力に思わずのめりこみ、最後は勝利を収めるや、席を立って絶叫していました。

故郷に帰ってきてこのようなプロスポーツを観戦する機会に恵まれるとはあまり考えていませんでした。東京では、このような催しが多くあってもなかなか行く気も起こらず、却って見るチャンスには恵まれません。その点、気軽に観戦ができる地方都市に地元プロスポーツ球団があるというのは本当にいいものだと実感しました。札幌時代にコンサドーレ札幌の試合を見に行ったときの感慨が思い起こされました。

高松は、野球で四国アイランドリーグの香川オリーブガイナーズもあるし、女子バレーの四国Eighty8Queenも地域リーグで頑張っています。
前に書いたサッカーのカマタマーレ讃岐とあわせて、これらを核としてアマチュアにも大きく裾野が広げられるようなスポーツ振興にも力を入れていきたいものですね。

ビバ!!カマタマーレ讃岐

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 今日、午後6時から高松市丸亀町商店街の店舗2階の事務所で、カマタマーレ讃岐の四国サッカーリーグ優勝の記念祝賀会が開催され、私も出席して挨拶をしてきました。

http://www.kamatamare.jp/

このサッカーチームは、昨年10月に前身の高松FCを母体に将来Jリーグを目指す地域リーグに加盟するチームとして生まれたものです。創立一年目にして四国リーグ優勝の順調な滑り出しを見せました。これから、地域リーグ決勝戦を経て、JFL、そしてJリーグと上を目指して頑張っていきます、とのことです。

ところで、この奇抜なチームの名称。

公募によるものだそうですが、今や讃岐うどんを代表するメニューとなった「カマタマ」と海を表す「マーレ」を組み合わせてできたものとのこと。
漢字で書くと「釜玉海讃岐」・・・良くわかりません。
発表と同時に当然のごとく「なめとるのか?」といった反応を中心に全国から反響メールが殺到したとのこと。
確かにサッカーチームにうどんの一メニューの名を冠するというのは、世界中でもここ香川県だけのものでしょう。
それだけに香川県人、出身者にとっては愛着の持てる(恥ずかしいという少数意見もあるようですが)名前です。
私の贔屓だった今J2のコンサドーレ札幌(過去形です。今日からカマタマーレ讃岐に乗り換えました)だって、道産子を逆読みして頑張れという「オーレ」をつけたもの。

漢字で書くと「子産道檄札幌」・・・ちょっと不気味。

似た者同志でいつかJ1で試合をすることを夢見て頑張って欲しい、と挨拶で激励をしておきました。

「むらたせいさく君」は二宮金次郎だ

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 先週になりますが、3日の午後、CEATEC JAPAN 2006(http://www.ceatec.com/2006/ja/visitor/)に幕張メッセまで行ってきました。
初日から会場は大入り満員。

開催テーマは「デジタルコンバージェンスが変える、社会・生活・ビジネス」。ちょっと???

でもさすがに情報通信技術の粋と最新の製品、材料、ソフトウェア等を一堂に集めた国内最大の展示会だけあって、派手で大きなロゴを掲げた展示ブースがひしめき合っていて賑やかです。

そしてそこここでカラフルで露出度の高いエナメル調の衣装を着けた案内嬢(キャンペーンガール?)がポーズを決めながら各社の製品のデモと売り込みをしていて華やかです。

さらにデジタルネットワークの方の会場では、家電各社が地デジHD放送の本格化を前に大型画面のスーパーハイヴィジョンTVを並べて迫力と画像の質感や美しさを競っていて鮮やかでした。

でも、贅沢を言えば、「今年はこれだ!!」という展示が少なかったのは残念でした。
PLC(電力線通信。コンセントに差し込むだけでインターネットとつながる。)も電波監理審議会で宅内においてのみの容認とされたためか、結構な数はでていたものの、それこそ引き篭り気味のおとなしい展示という印象でした。

もちろん携帯のdocomo対AU、ハイヴィジョンテレビのPANASONIC(プラズマ)対SHARP(液晶)、次世代DVDのSONY(ブルーレイ)対TOSHIBA(HD・DVD)の争いは過熱気味で各ブースともライバルを意識しながら力が入っているのは感じましたよ。
過酷ではありますが、やはり自由な競争が技術をどんどん進化させるのですね。

そんな中、地味ながら人垣ができて人気を集めていたのは自転車を漕ぐロボット「むらたせいさく君」。
細く曲がりくねり勾配のある平均台のような道でもなんのその。左右に揺らぐこともなくゆっくりと真っ直ぐにえんやこらと地道にペダルを漕いで行きます。
小さくて、電池を背負って前かがみでゆっくりと進む姿は、そう、あの「二宮金次郎」が自転車に乗っている姿を彷彿とさせます。

でも、多分それはそれはすごい技術なのでしょうけれど、タイヤが台にぴたっとくっついて揺らぎもせず、動きもゆっくりなため、見ていると何か磁石のような細工があるようにも思えて感動は小さめでした。ごめんなさい。

驚きと感動の面では二足歩行ロボット「アシモ君」の方が数段上でしょう。彼は顔つきも明るい感じで茶目っ気もあるし。
「むらたせいさく君」はちょっとうつむき加減でシャイに見えます。でも、まじめないい子であることは間違いないでしょう。

菅原道真と念仏踊りと讃岐うどん

先日、仕事で綾南町と綾上町が合併してできた綾川町の合併記念式典に出席してきました。

前夜、香川に入り、今朝起きると絶好の秋の行楽日和。さわやかな気分の中で式典は行われました。

綾川町は、文字通り香川県で一番長い綾川の上流部に位置するところでその水を使って古くから米作りや酒造り、それにうどん作りが盛んに行われていました。
讃岐の中でも綾川の水を使ったうどんは特別のようで、町内には今や全国区となったうどん屋(製麺所)のいくつかが存在しています。たむらと山越を筆頭に、国道32号線沿いの道の駅には、「うどん会館」なるものまであります。

そんな綾川町ですが、この地にかの菅原道真公が讃岐の守として4年間も住んでいたことはあまり知られていないのではないでしょうか。

式典のアトラクションでは、その道真公ゆかりの雨乞いの踊りである念仏踊りが披露されました。
これは、道真公が旱魃を憂い、自ら府中の城山(きやま)神社で七日七晩祈願すると満願の日、空がにわかに曇り、三日三晩大雨が降り続いたのに喜び勇んだ農民が滝宮神社の前に集まり、神に感謝して道真公の徳をたたえて踊ったことが始まりとされるものです。
その300年後頃に法然上人が振り付けとお囃子を直して現在の姿になったという、由緒来歴の深いものです。
そして、あら摩訶不思議。朝あんなに晴れ渡っていた空が念仏踊りが始まるころににわかに一転掻き曇り、通り雨が降ったのです。
霊験あらたかとはこのことか、とまで思いました。

菅原道真と法然上人に縁の念仏踊り、それに地酒(綾菊)とうどん(山越)。これだけでも結構な地域資源ではあります。

経緯から言うと周辺町村に取り残されたような形での2町の合併ですが、菅原道真公、法然上人の霊験と旨い酒とうどんを組み合わせながら地域の魅力をどんどん発信して良い町になっていって欲しいものです。

横浜で念願のコンサート

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9月16日土曜日、横浜にかねて念願だった浜田真理子のコンサートに行ってきました。

横浜まで足を運ぶついでに、少し早く出て、本当に久しぶりに横浜の中華街から元町、山手あたりをゆっくりと散歩してみました。

まず、中華街で遅い昼食を。一人ということもあり、コース料理は無理ですので単品狙いです。

ランキングでチャンピオンになったこともあるという「明蘭餐庁」の坦々麺。ねぎ以外の余分な具材の載っていない単純な一品ですが、スープの深みのある辛さは納得の味。最後の一滴まで飲み干してしまいました。

山手では、外人墓地を散策してから十番館のテラスで一休み。ビールとアイスクリームで何をするでもなく、小さな子供2人を連れた外国人の家族の楽しそうなランチを横目にぼけっと「海を見ていた午後」(by荒井由美)の気分。ここからは海は見えないのですがそんな気分にゆったりと浸っていたということです。

山手から元町あたりは、整備されこぎれいにはなっていますが、ほぼ昔のままでした。元町公園のプールも残っていて、以前に訪れた時もそうでしたが、三島由紀夫の「午後の曳航」の中の猫を殺して遊んでいたという残酷な場面が思い出されたりしました。

元町のちょっと気取った感じの老若男女が背を伸ばして歩いている洒落た雰囲気は昔も今も変わっていませんね。

でも、今回の訪問で「僕」の気をひいたのは、犬の多さでした。周りを見回すと必ずといっていいほどリードを牽いて犬を連れている人が見つかります。また、押しているカートがベビーカーにしては小さく低過ぎるからと見てみるとチワワのような犬がちょこんと乗っていたりもしました。

そして、何よりも珍しく思えたのは、店の軒先に座って愛嬌を振りまいている犬が目に付いたことです。「客寄せ犬」、「呼込み犬」、「看板犬」とでも言うものなのでしょうか。

その後、桜木町に行き、せっかくだからと短時間でランドマークタワーの69階展望台に昇ってきました。千円を払って日本最高速のエレベーターで40秒、日本で最も高い(案内では「最も空に近い」)展望台に到着です。

予想以上の感動ものでした。完全におのぼりさん状態。子供のころに初めて昇った東京タワーや新宿高層ビルのときと同じような感動がありました。時間がなかったのが残念です。

さて、いよいよ浜田真理子のコンサート。
午後6時から、神奈川県立音楽堂「木のホール」にて。

「木のホール」は昭和29年に出来た日本で最初の本格的音楽ホールです。雰囲気があって、音もやさしく響きそうで期待が持てました。

「再会の夜」から始まって途中休憩を挟み、全15曲。
アンコールは「純愛」と最後はさようならを言う決意を歌う「胸の小箱」。
2時間があっという間に過ぎ、アンコールの後も客席はもっと聴きたいという名残惜しさで一杯でした。私自身もいつまでもそこに座っていたかった。

浜田真理子のライブで涙を流す人が続出するという伝説は本当でした。
のっけの「再会の夜」からハンカチを目に当てる人がいました。徐々に感動が高まっていく感じで4曲目の「このまま、死んでしまいたい・・」と歌う「Love Song」で最初のピークに。
そこここで目を拭うしぐさが見られます。こちらもちょっとうるっときそうになってしまいました。

舞台には垂れた青い布の前にグランドピアノ一台きり。派手な演出ももちろんない、すべて一人の弾き語りでの歌です。
なのにどうして一曲一曲こんなに感情を揺さぶられるのでしょうか。

浜田真理子調としか言えないピアノの絶妙なタッチに絶対音感を感じさせる歌唱力と歌唱法(語り口調)で迫られるとはっと息を吸い込みその胸をちょとつねられるような哀愁を帯びた快感が走るのです。

もちろん詩の内容もあるのですが、ピアノの音と声そのものが頭の中に微弱波として入ってきて涙腺を刺激する感じなのです。

CDもいいですが、やはり浜田真理子はライブが数段に良いのを実感しました。
「伝説のライブ」、「ピアノの弾き語りの神髄」ここにあり、という感じです。

しかし、こんなに多くの人を感動させることの出来る歌手が年に数回しかライブをやらず、日ごろは松江で娘を育てながら普通のOL生活を送っているというのも不思議ですね。
でもそれだけ自分というものをしっかり持っているからこそこれだけの音楽表現が出来るのかもしれません。

地に足をつけ、「ハレ」と「ケ」を見事に使い分けているその生き方も魅力的です。

さわやかに晴れ渡った日に心身丸ごと洗濯をしてもらったような気分でした。

「UDON」

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公開初日だった昨日、「UDON」(http://www.udon.vc/movie/)を見てきました。

もちろん、私の出身地である香川県が舞台で、私の離乳食でもあり、骨格と筋肉の大部分を作ってくれたといってもいい「讃岐うどん」が主役の映画とくれば、見逃すわけにはいきません。

あの大ヒットムービー「踊る大捜査線」の本広監督が香川県丸亀市出身であることから実現したこの企画。讃岐うどんブームの一つの頂点として多くの香川県民待望の企画でした。

前宣伝も、山手線のラッピング広告などフジテレビとタイアップしてかなり派手なもの。でも、初日というのにその割には寂しい客席。

そりゃそうでしょう。いくら讃岐うどんがブームになったとはいえ、うどんは食べるもの。うどんが主役の映画に関心を示す国民がそんなには多くいるはずはないのです。とちょっと自虐的に気持ちを落ち着かせて、さあ映画に集中です。

ストーリーはしごく単純。
一本の映画作品というよりは、うどんを主役として同窓会的なバラエティー番組を仕立て上げた、という感じがしました。
役者では讃岐弁を全く喋らない小西真奈美には違和感が最後まで消えませんでしたが、主役のユースケ・サンタマリアをはじめ、トータス松本、小日向文世、鈴木京香らの脇役陣も予想以上の好演でした。
それにメインの要潤のほか、南原清隆、中野美奈子、松本明子、高畑淳子、藤澤恵麻といった香川県出身の芸能人も大集合でちょっとずつ顔を出し、それなりに楽しめました。そうそう、あの総理のご子息、小泉孝太郎もチョイ役で出ていてそれなりの味をだしていましたよ。

ただ、香川県にも、讃岐うどんにも関係、関心がない人には全くお勧めできない映画かも知れませんね。
出身者にとっては、映画の大半で風景のバックに讃岐富士周辺の景色が拝めますし、有名どころのうどん屋はおっちゃん、おばちゃんの実演も含めてかなりの店が出てきますので、それだけで懐かしく十分観るに値する映画なのですが。

観終わった後、結構有名で繁盛していた実家近くの「木村」のうどん屋もうどんを打っていたおっちゃんが倒れて「店を止めてしもうたなあ」、と個人的な感慨にもふけってしまいました。
またいつか「木村」のうどんを食べたい、という欲求は私の中にずっと強くあり続けています。
夢で出てきた親父が言った「ほんだらの」という別れの挨拶は、「さようなら」だけではなくて「またな」というニュアンスが強いはずなのですが。

でも、叶わぬ夢なんだろうなあ。

「破獄」と網走(追悼 吉村昭氏)

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作家の吉村昭氏が亡くなりました。私は、彼の作品をそれほど読んでいるわけではありませんが、氏の代表作の一つ「破獄」には強い思いがあります。

「破獄」は北海道にいたときに網走刑務所を見学して、伝説的な脱獄囚が小説になっていると知り、文庫本で求めました。

物語は、昭和11年青森刑務所、昭和17年秋田刑務所、昭和19年網走刑務所、昭和23年札幌刑務所と犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚佐久間清太郎の数奇な人生を描いたものです。その緻密な計画と大胆不敵な行動力、そして脱獄時の超人的ともいえる手口には驚きを超えて感動すら覚えました。
また、彼の生きた戦中・戦後の混乱した時代背景も丁寧に描かれており、獄房で厳重な監視を受ける彼と、彼を閉じこめた男たちの息詰る闘いが見事に描写されています。
吉村文学の大きな特徴でもあるのでしょう。
この種の小説にありがちな誇張やフィクションを織り交ぜることを一切せずに丹念に事実だけをおって書かれたということが読んでいてもわかり、それにもかかわらず、いやそれだけに、登場人物の感情のあり様、場面場面での切迫感、緊張感といったものがひしひしと伝わってきましたし、最後は模範囚となりまじめに生きた主人公を始め、周囲の関係者の人間性が見事に描かれていました。
反社会的な人間、反社会的な行為を描いているのに、読後は人間の尊厳といったものを教えられた感じでした。
この実在した主人公が脱獄した中で、当時から最も難しいとされていたのが網走刑務所です。網走といえば高倉健の「網走番外地」。また、「幸せの黄色いハンカチ」もこの刑務所がスタートです。まさに名を聞けば刑務所が連想される町。

網走刑務所も現在「博物館 網走監獄」として立派な観光施設となっています。

http://www.kangoku.jp/index.htm

地元の人にとってみると自分の町の名で真っ先に連想されるのが刑務所というのは嫌なのかもしれませんが、特に北海道外の人から見れば網走といえばどうしても「番外地、刑務所」という連想となります。実際、この博物館の入場者を押えていれば、網走市への道外からの観光客数はほぼ正確にわかる、と聞きました。そう、網走に来る観光客はほぼ例外なくここを訪れるのです。

冬ともなると網走観光は「オホーツク、流氷と監獄をめぐる旅」、というのが売りとなります。いやはやこれぞ「究極の旅」という趣ですね。

ところで、その網走監獄博物館。教育施設としても一流であると思います。

この博物館の中心施設は、古い網走刑務所の監獄の一部を当時のままに移転、保管してあるだけのなのですが、それが実物であるだけに、つまり囚人の垢や汗や時には血までしみこんでいるような雰囲気があるだけに中にいると粘ついた薄気味悪さを感じます。また、そこかしこにおかれてある実物大の蝋人形が独特の雰囲気をかもし出しており、子供は相当な恐れを感じるようです。

私は、当時小学校3年生の息子と1年生の娘を連れて家族で訪れたのですが、「悪いことをするとここに入らなければならないんだよ。」というと二人とも本当に泣き出しそうになりながら「うん、わかった。悪いことはしない。だから早く出よう。」と私の腕にすがり付いてきました。

子供たちにこのことが記憶として残っているかどうかはわかりませんが、間違いなく体感した薄気味悪さと恐怖感、怯えの何かしらの感触は身体に染み付いているはずです。そして、それが「悪いことはしてはいけないんだ」という当たり前のことの裏づけとなるなら、理屈をいくら言って聞かせるよりもよっぽど教育効果は高いものがあったと思います。

特に冬場、「流氷と監獄をめぐる究極の家族旅行」はお勧めですよ。

児孫のために美田を買わず

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「児孫のために美田を買わず」という言葉は、中国の故事に倣ったことわざだと思っていたのですが、(恥ずかしながら)明治の元勲西郷隆盛の言葉だということをこの間本を読んで初めて知りました。

その言葉が出てくる「失題」と題される元の漢詩は次のようなものです。


  失題

幾歴辛酸志始堅

丈夫玉砕愧瓦全

一家遺事人知否

不為児孫買美田

西郷隆盛といえば、明治維新の元勲でありながら征韓論により下野して西南の役を起こし、故郷鹿児島で陣没することになるある意味では悲劇の英雄です。

薩摩藩にあっても、尊皇派の隆盛は当初、藩主から疎まれ、奄美大島と徳之島に二度にわたって流されたりもしています。

そんな時も、この漢詩にあるように「人は幾たびもの辛苦を重ねて鍛錬するから、志操が始めて確乎不動のものとなる。大丈夫、男子たるものは、むしろ玉となって砕けるとも、瓦となって生を全うすることを恥とする。」という考え方ですから、我慢も平気だったのでしょう。

別の漢詩に

如能識天意   もし能く天意を知らば

豈敢自謀安   あに敢えて自ら安きを謀らんや

とあります。

解説に「栄華を誇った明治維新の他の元勲とはちがって、清潔な香りが、赤心が隆盛からにおいたつのはそのせい(敬天の思想を全うしているせい)であろう」といっていますが正に比類なき高潔な精神が謳いあげられています。


ところで、最近、次のような記事を目にしました。

「伊藤祐一郎鹿児島県知事は28日の県議会本会議で、日本の歴史教科書における西郷隆盛の記述について、武力で韓国に開国を迫るべきだと主張した「征韓論」だけでなく、使節派遣による平和的解決を模索した「遣韓論」も併記するよう、近く教科書出版社に要請する考えを明らかにした。・・・・・知事は答弁で「西郷の清廉潔白で無欲な人格、高まいな精神は日本人としての誇りを養成する格好の教材だが、歴史教科書では西郷の本当の姿が子どもたちに伝えられていない」と指摘。「教科書の記載に当たっては、征韓・遣韓の併記をするなど両論が公平に取り扱われるよう要請したい」と述べた。 県教委によると、県内で採用している歴史教科書は中学校用で2種類、高校用で14種類あるが」、すべて征韓論のみを記載しているという。」

確かに西郷隆盛の「児孫のために美田を買わず」に象徴的に現れる清廉潔白で無欲な人格と敬天の思想に貫抜かれた高邁な精神は、征韓論、西南の役だけで歴史を学ぶ子供たちに反逆者的な印象を植え付けてしまうにはあまりにも勿体無いと思います。

美田を買って残すほどのことは出来そうにない私も、この西郷さんの復権運動は応援したいと思います。

参考文献:漢詩のこころ 日本名作選(林田慎之介)

余談:以前、雅号を調べていたことがあったのですが、西郷隆盛の雅号は「西郷南洲」。南の男だから「南洲」。その単純さと潔さに脱帽してしまいました。こういうところにも人柄は現れるものなのですね。

紫陽花とどくだみと花手毬

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 この梅雨の時期に我が家の猫の額のような庭に咲いている花たちです。

 紫陽花は心配です。株自体は古く茎も葉っぱも大きく伸びているのですが、今年は花が全くといっていいほどついていません。今年は花は見れないのかなあ、と思っていたのですが、昨日木の中に入って裏側を見てみると、小さく一輪だけ隠れるような額紫陽花が咲いていました。紫陽花は日当たりが悪いほど花のつきが良いと聞いたこともありますが、木の影に隠れていたのが良かったのでしょうか。とにかく、開花ゼロだけはまぬかれたようです。

 どくだみは匂いが強烈なため、あまり繁殖しないように時々引き抜いているのですが、今年は春にあまり構わなかったせいか、わが物顔で庭の四分の一ほどを占拠しています。でも、一斉に花が咲いてからはそれが喜びに。なんともいえない嫌なにおいの植物がどうしてこんなに可憐な花を咲かせるのだろうかと本当に不思議です。昔、「どくだみの花」というちょっとひねりの利いた家庭ドラマがあったような気がしますが、その名前、匂いから受ける印象と花の印象にこれほど落差がある花も珍しいでしょう。

 花手毬は、北海道にいたときに暑さ、寒さに強くてどんどん株が増えて大きくなっていくからと勧められて栽培していたころからの付き合いです。これも、昨年買った株を花を摘み取って置いていたのが今年もプランターの中で花を咲かせたものです。小さく赤い花の塊がかわいい鞠のようということでこの名があるのでしょうが、見た目よりはずっとたくましさを秘めている花です。