


9月16日土曜日、横浜にかねて念願だった浜田真理子のコンサートに行ってきました。
横浜まで足を運ぶついでに、少し早く出て、本当に久しぶりに横浜の中華街から元町、山手あたりをゆっくりと散歩してみました。
まず、中華街で遅い昼食を。一人ということもあり、コース料理は無理ですので単品狙いです。
ランキングでチャンピオンになったこともあるという「明蘭餐庁」の坦々麺。ねぎ以外の余分な具材の載っていない単純な一品ですが、スープの深みのある辛さは納得の味。最後の一滴まで飲み干してしまいました。
山手では、外人墓地を散策してから十番館のテラスで一休み。ビールとアイスクリームで何をするでもなく、小さな子供2人を連れた外国人の家族の楽しそうなランチを横目にぼけっと「海を見ていた午後」(by荒井由美)の気分。ここからは海は見えないのですがそんな気分にゆったりと浸っていたということです。
山手から元町あたりは、整備されこぎれいにはなっていますが、ほぼ昔のままでした。元町公園のプールも残っていて、以前に訪れた時もそうでしたが、三島由紀夫の「午後の曳航」の中の猫を殺して遊んでいたという残酷な場面が思い出されたりしました。
元町のちょっと気取った感じの老若男女が背を伸ばして歩いている洒落た雰囲気は昔も今も変わっていませんね。
でも、今回の訪問で「僕」の気をひいたのは、犬の多さでした。周りを見回すと必ずといっていいほどリードを牽いて犬を連れている人が見つかります。また、押しているカートがベビーカーにしては小さく低過ぎるからと見てみるとチワワのような犬がちょこんと乗っていたりもしました。
そして、何よりも珍しく思えたのは、店の軒先に座って愛嬌を振りまいている犬が目に付いたことです。「客寄せ犬」、「呼込み犬」、「看板犬」とでも言うものなのでしょうか。
その後、桜木町に行き、せっかくだからと短時間でランドマークタワーの69階展望台に昇ってきました。千円を払って日本最高速のエレベーターで40秒、日本で最も高い(案内では「最も空に近い」)展望台に到着です。
予想以上の感動ものでした。完全におのぼりさん状態。子供のころに初めて昇った東京タワーや新宿高層ビルのときと同じような感動がありました。時間がなかったのが残念です。
さて、いよいよ浜田真理子のコンサート。
午後6時から、神奈川県立音楽堂「木のホール」にて。
「木のホール」は昭和29年に出来た日本で最初の本格的音楽ホールです。雰囲気があって、音もやさしく響きそうで期待が持てました。
「再会の夜」から始まって途中休憩を挟み、全15曲。
アンコールは「純愛」と最後はさようならを言う決意を歌う「胸の小箱」。
2時間があっという間に過ぎ、アンコールの後も客席はもっと聴きたいという名残惜しさで一杯でした。私自身もいつまでもそこに座っていたかった。
浜田真理子のライブで涙を流す人が続出するという伝説は本当でした。
のっけの「再会の夜」からハンカチを目に当てる人がいました。徐々に感動が高まっていく感じで4曲目の「このまま、死んでしまいたい・・」と歌う「Love Song」で最初のピークに。
そこここで目を拭うしぐさが見られます。こちらもちょっとうるっときそうになってしまいました。
舞台には垂れた青い布の前にグランドピアノ一台きり。派手な演出ももちろんない、すべて一人の弾き語りでの歌です。
なのにどうして一曲一曲こんなに感情を揺さぶられるのでしょうか。
浜田真理子調としか言えないピアノの絶妙なタッチに絶対音感を感じさせる歌唱力と歌唱法(語り口調)で迫られるとはっと息を吸い込みその胸をちょとつねられるような哀愁を帯びた快感が走るのです。
もちろん詩の内容もあるのですが、ピアノの音と声そのものが頭の中に微弱波として入ってきて涙腺を刺激する感じなのです。
CDもいいですが、やはり浜田真理子はライブが数段に良いのを実感しました。
「伝説のライブ」、「ピアノの弾き語りの神髄」ここにあり、という感じです。
しかし、こんなに多くの人を感動させることの出来る歌手が年に数回しかライブをやらず、日ごろは松江で娘を育てながら普通のOL生活を送っているというのも不思議ですね。
でもそれだけ自分というものをしっかり持っているからこそこれだけの音楽表現が出来るのかもしれません。
地に足をつけ、「ハレ」と「ケ」を見事に使い分けているその生き方も魅力的です。
さわやかに晴れ渡った日に心身丸ごと洗濯をしてもらったような気分でした。