私の選挙は、告示日の4月15日(日)、一日で終わりました。
朝、7時から石清尾八幡宮に必勝祈願をした後、事務所に戻り、8時半から出陣式。
それと同時に立候補の届出を行い、9時からの出陣式に臨みました。
10時前に遊説カーに乗り込み、とにかく一日で可能な限り市内全域を駆け巡ることを目標に選挙戦のスタート。
休日でまだ閑散としている「まちなか」を駆け抜け、屋島から、牟礼、庵治へ。牟礼町でははじめての「街頭演説」も体験しました。
街宣車を颯爽と降りて、聴衆の拍手に迎えられながら、屋外で台の上に立って演説するというのは、通常の会合での演説とは一味も二味も違って、不思議な力が湧いてきて思わず言葉に力が入ってしまいます。
最初は緊張しましたが、一声ですぐに解消。
いつもより自然に言葉が口をついて出る感覚がありました。
街頭演説は、午後にも国分寺でやりました。都合2回。
本音から言えばもう少しやりたかったところです。
庵治の半島をぐるりと回り、前田から西植田方面から仏生山を回って午後2時過ぎに一旦事務所に戻り、ウグイス嬢の交代と昼食タイムです。
(多分)一日しかない、というあせりもあり、わずか10分でうどんを掻き込み、お茶を飲んで休む間もなく出発。
ずっとニコニコしていたのか、出て行くときには「何だか嬉しそう」と妻に囃されました。
午後も香川町から塩江の道の駅までしっかり入ってから香南、国分寺、鬼無、香西を回りました。
そして再び、「まちなか」へ。
心なしか、午前中よりも手を振ってくれる人の数が多い気がしました。
それが、街宣活動をすればするほど、「大西ひでと」が浸透したようにも思えて、嬉しいものでした。
これを手ごたえって言うんでしょうね。自分も窓から身を乗り出すように所謂「箱乗り」をして手を振って返していました。それが自然にできるようになっている自分が不思議に思えました。
こういう時は、応援してくれたすべての人の声に答えたい、といった気持ちになりますね。
やはり、こういう感覚があるからこそ、無投票よりは、選挙をしっかりしたほうがいい、といわれるのでしょうか。
五時の締め切りの時点で私以外に立候補者がなく、そこで当選確定。選挙運動もストップしなければなりません。
その連絡が携帯電話で「まちなか」を流していた街宣車に入り、車中で運転手さん、ウグイス嬢の皆さんと固い握手を交わし、最初のお祝いをしました。
そして、五時を十分ほど過ぎて関係者の皆さんが待機してくれていた事務所に帰り、万雷の拍手に迎えられました。
午後6時から当選報告会。万歳、万歳、万歳です。
後は、報道等で見聞きされたことと思います。
とにかく私は、充実感と嬉しさでいっぱいでした。
最初スタッフに確かめておしとやかに万歳をせず、頭を下げていた妻も、報道陣の「奥さんも万歳して!」の注文にのって手を上にして良い笑顔を見せていました。
花束を渡してくれた娘、最後には壇上に上がって万歳をした母、ともども家族の理解と支えに改めて感謝したいと思います。
以上、相当遅くなりましたが、私の選挙当日の顛末記として、報告させていただきます。。

