「児孫のために美田を買わず」という言葉は、中国の故事に倣ったことわざだと思っていたのですが、(恥ずかしながら)明治の元勲西郷隆盛の言葉だということをこの間本を読んで初めて知りました。
その言葉が出てくる「失題」と題される元の漢詩は次のようなものです。
失題
幾歴辛酸志始堅
丈夫玉砕愧瓦全
一家遺事人知否
不為児孫買美田
西郷隆盛といえば、明治維新の元勲でありながら征韓論により下野して西南の役を起こし、故郷鹿児島で陣没することになるある意味では悲劇の英雄です。
薩摩藩にあっても、尊皇派の隆盛は当初、藩主から疎まれ、奄美大島と徳之島に二度にわたって流されたりもしています。
そんな時も、この漢詩にあるように「人は幾たびもの辛苦を重ねて鍛錬するから、志操が始めて確乎不動のものとなる。大丈夫、男子たるものは、むしろ玉となって砕けるとも、瓦となって生を全うすることを恥とする。」という考え方ですから、我慢も平気だったのでしょう。
別の漢詩に
如能識天意 もし能く天意を知らば
豈敢自謀安 あに敢えて自ら安きを謀らんや
とあります。
解説に「栄華を誇った明治維新の他の元勲とはちがって、清潔な香りが、赤心が隆盛からにおいたつのはそのせい(敬天の思想を全うしているせい)であろう」といっていますが正に比類なき高潔な精神が謳いあげられています。
ところで、最近、次のような記事を目にしました。
「伊藤祐一郎鹿児島県知事は28日の県議会本会議で、日本の歴史教科書における西郷隆盛の記述について、武力で韓国に開国を迫るべきだと主張した「征韓論」だけでなく、使節派遣による平和的解決を模索した「遣韓論」も併記するよう、近く教科書出版社に要請する考えを明らかにした。・・・・・知事は答弁で「西郷の清廉潔白で無欲な人格、高まいな精神は日本人としての誇りを養成する格好の教材だが、歴史教科書では西郷の本当の姿が子どもたちに伝えられていない」と指摘。「教科書の記載に当たっては、征韓・遣韓の併記をするなど両論が公平に取り扱われるよう要請したい」と述べた。 県教委によると、県内で採用している歴史教科書は中学校用で2種類、高校用で14種類あるが」、すべて征韓論のみを記載しているという。」
確かに西郷隆盛の「児孫のために美田を買わず」に象徴的に現れる清廉潔白で無欲な人格と敬天の思想に貫抜かれた高邁な精神は、征韓論、西南の役だけで歴史を学ぶ子供たちに反逆者的な印象を植え付けてしまうにはあまりにも勿体無いと思います。
美田を買って残すほどのことは出来そうにない私も、この西郷さんの復権運動は応援したいと思います。
参考文献:漢詩のこころ 日本名作選(林田慎之介)
余談:以前、雅号を調べていたことがあったのですが、西郷隆盛の雅号は「西郷南洲」。南の男だから「南洲」。その単純さと潔さに脱帽してしまいました。こういうところにも人柄は現れるものなのですね。
