うち(高松市)の「里山」は屋島で、「里海」は備讃瀬戸です。というと贅沢すぎるとお叱りを受けるかもしれません。
先日、瀬戸内海研究フォーラムin香川という催しのレセプションに出させていただいて、瀬戸内海を「里海」として守り育てていくことの大切さを再認識しました。
ところで、「里山」という言葉は、古くからよく聞きますが、「里海」という言葉を聴くようになったのは、ごく最近です。少なくとも私には、あまり耳慣れない言葉でした。
でも、調べてみると「里海」という言葉は、結構昔からあったみたいです。それを、近年、瀬戸内海本来の環境を取り戻したいと活動をしている研究者が再発掘し、広めようとしている言葉のようです。
「里山」は、人間が定期的に手入れをすることによって、土地の生産が持続的で、生物多様性も高い身近な山林です。日本では、古来から地域に存在するこのような山を「里山」と呼び、共同体で手入れをしながら守り育ててきました。
その考え方を海に取り入れて、再度「里海」として認識し、守り育てていこうというのです。
定義では、「里海」とは、「適度な手入れ、つまり人の力が加わることによって生物の生産力と多様性が高く、生態系として持続的で、身近な生活圏内の海」を言うとのことです。
何も手を施さなければ緩慢な死を迎えつつあるような瀬戸内海を、「里海」の概念でもってトータルに手入れし、もういちど瀬戸内海本来の姿を取り戻したい、という関係者の切なる願いが今回のフォーラムのテーマ「豊かな海と島づくりー里海を育てる人と法」にも現れています。
是非とも瀬戸内海を「里海」として守り育てるための多くの方策が見つかり、その実践的な活動の輪が広がっていくことを期待したいものです。
私のマニフェストにも「23. 市内に点在する里山の保全に積極的に取り組みます。」を掲げています。
高松市内には、屋島を代表格として堂山や峰山など、地域の人たちが、登山や手入れをしながら環境を守り育てている里山が8つくらいあるそうです。
特に、屋島では活発な活動を行われていて、4年前に遍路道を利用していた7人が中心となって作った「里山クラブ屋島」は、今や会員数が1000人になろうかとしており、遍路道の登り口に登山者のための杖を備え付けたり、路傍の地蔵仏への供花、道や側溝の清掃を定期的に行っているとのこと。そして、このような里山の保全活動の中心となっているのは、定年退職後の中高年の方たちです。
2007年は、戦後のベビーブームで生まれた団塊の世代が定年を迎え、大量退職に伴う、様々な課題が急激に浮かび上がってくるとして、「2007年問題」とも言われる年です。
各企業における技術、営業等のノウハウの伝承をどうするか、管理職の大量退職に伴う組織の問題、退職金や再就職の問題などなど、それぞれの企業や組織で対応すべき課題も、日本社会全体でまとまって発生する大きな問題となります。
いろいろな対処策が様々に組み合わされて講じられるべきなのでしょうが、地域振興の観点からは、私は、これを「団塊の世代の地域デビューのチャンス」と捉え、香川県、高松市の出身者や支店勤務などでかつて高松に居住したことのある人を中心として、U、J、Iターンの呼びかけを強めていきたいと思っています。
そしてその誘引策の強力なコンテンツとして「里山」と「里海」を生かそうと考えています。
『高松市の「里山」と「里海」である屋島と備讃瀬戸があなたの「手入れ」を待っています。
高松に帰ってきませんか。
終の棲家として高松はいかがですか。』
う~ん。やはり、贅沢だとお叱りを受けるかも知れませんね。







