記事一覧

高松国際ピアノコンクール

アップロードファイル 43-1.jpg

「第一回高松国際ピアノコンクール」(http://www.tipc.jp/japanese/index.php
は平成18年の3月に開催され、大成功を収めました。
そして、オリンピックと同じく4年ごとの開催として、次回は平成22年の開催が予定されています。

今日の日中、時間が出来たので、このピアノコンクール統括委員会会長の綾田百十四銀行会長から以前にいただきながら、ちゃんと通して見ていなかったDVDをじっくり鑑賞しながら、第一回TIPCの感動を新たにしました。

見た感想です。
とにかく、1位となったパヴェル・ギントフ(ウクライナ)が凄かったですね。
本選の時の課題曲「屋島」と「リストの2番」の出来は、素晴らしいものがあり、会場から思わず「ブラボー」の声が上がったのもむべなるかな、でした。
審査委員長の岩崎淑さんの「ここで世界で最高水準の演奏が聞けたのがこのコンクールの成功を約束した」という評にすべてが現れています。
でも、私としては、準決勝(第三次予選)の時の「モーツァルトの20番」がしっかり聞きたかったとの思いもあります。私の一番好きなピアノ協奏曲なもので。どこかに録音でも残っていないものでしょうか。

先日、綾田会長とともに、NTTドコモ四国の西邑社長と音楽監督の堤俊作さんがお見えになって、第二回の高松国際ピアノコンクールに対する協力要請を受けました。

私としては、もちろん「このTIPCは高松市を情報発信し、イメージアップを図ることの出来る最たるイベントです。高松市として協力できるところは最大限のご協力を申し上げたい。」旨をお答えしました。

音楽全般が好きな私ですが、ピアノには格別の愛着があります。
幼稚園の頃のヤマハ音楽教室から始まって、小学校6年生のとき、「勉強せんといかんから」とソナチネとツェルニーを途中で断念した挫折感とともにピアノ(ピアニスト)への憧れがあるのです。

仕事と趣味が合致して、のめり込むというのは極力控えるべきと自戒しながらも、これ(TIPC)だけは是非とも成功させて、継続していきたいと、今から勝手に意気込んでいます。
それは、多分市民の多くの皆様が望んでおられることだと思います。


ちなみに、私の好きなピアニストは、何と言ってもマルタ・アルゲリッチ。
その後に続くのが、内田光子、グレン・グールド、フリードリヒ・グルダあたり。
ジャズ系では、ビル・エバンズ、キース・ジャレットあたりはいつでも飽きなく聴いています。
そして、異色ながら浜田真理子の弾き語りにもはまっています。

第二回高松国際ピアノコンクール。今から楽しみにしています。

ピアノという打楽器は本当に魅力的です。

お勧めCD「まちうた。SKETCH OF T-CITY」・・・うきうきです。

アップロードファイル 40-1.jpg

「まちうた。SKETCH OF T-CITY」というCDをある人からいただきました。
高松の街を歌った曲ばかりを集めたCDとの触れ込みでした。

なかなかしゃれたプレゼントだな、とは思ったのですが、どうせ・・・と(失礼。本当に今となっては真にもって失礼だったと思っています。)、音楽的にはそれほど大したものではないだろうと高をくくっていました。
それがそれが、家の帰って聴いてみてびっくり。

本格派です。
まさにポピュラーソングです。
良い音、良い曲、良い音楽がそろっているのです。
2000円の価値は十分にあります。
どこに出しても恥ずかしくありません。・・と若干興奮気味になりました。

何と言っても、歌の菅涼子さんの少し鼻にかかり、アンニュイなユーミンといった感じの声が素敵です。
彼女が作曲も担当しているということでその才能もなかなかのもの。
伊予三島の生まれ育ちで、高松に来て9年。この街が気に入っていて「飽きたら他の街に行こうとも思っていたけど、ぜんぜん飽きないんですね。 人間関係でも深追いしないというか、大人なんだと思う。半年連絡がなくても昨日会ったみたいに話が出来るし、 いい距離感っていうか、高松の人は頭がやわらかいんでしょうね。」http://www.act.or.jp/machiuta/という嬉しいことを言ってくれています。

タイトルの「まちうた。」の「。」も効いています。
この「。」は私にとって3つ目の句点。
最初はおなじみの「モーニング娘。」のマル。2回目は北海道にいるときに決まった観光キャンペーンの標語「試される大地。」のマル。そして、「まちうた。」です。
よく分かりませんが、多分、付けられた人には相当のこだわりがあるのでしょう。

JR四国高速バス車内でも流されるらしいhttp://www.jr-shikoku.co.jp/03_news/press/07-04-23/07.htmですし、じわじわと人気が広がってきている感じです。
この間も夜南新町あたりを歩いていると、屋台でこのCDがかかっていました。

中心商店街のテーマソングなんかに育ってくれると楽しいでしょうね。
もちろん私も、一熱烈ファンとして応援したいと思っています。

「まちうた。」10曲、すべてお気に入りですが、私の一押しは、2曲目に納められている「風の通り道」です。
ボサノバ調の曲で高松を「ティー・シティー」って呼んでいるのが格好いいですね。何度聞いてもさわやかにうきうきします。

横浜で念願のコンサート

アップロードファイル 31-1.jpgアップロードファイル 31-2.jpgアップロードファイル 31-3.jpg

9月16日土曜日、横浜にかねて念願だった浜田真理子のコンサートに行ってきました。

横浜まで足を運ぶついでに、少し早く出て、本当に久しぶりに横浜の中華街から元町、山手あたりをゆっくりと散歩してみました。

まず、中華街で遅い昼食を。一人ということもあり、コース料理は無理ですので単品狙いです。

ランキングでチャンピオンになったこともあるという「明蘭餐庁」の坦々麺。ねぎ以外の余分な具材の載っていない単純な一品ですが、スープの深みのある辛さは納得の味。最後の一滴まで飲み干してしまいました。

山手では、外人墓地を散策してから十番館のテラスで一休み。ビールとアイスクリームで何をするでもなく、小さな子供2人を連れた外国人の家族の楽しそうなランチを横目にぼけっと「海を見ていた午後」(by荒井由美)の気分。ここからは海は見えないのですがそんな気分にゆったりと浸っていたということです。

山手から元町あたりは、整備されこぎれいにはなっていますが、ほぼ昔のままでした。元町公園のプールも残っていて、以前に訪れた時もそうでしたが、三島由紀夫の「午後の曳航」の中の猫を殺して遊んでいたという残酷な場面が思い出されたりしました。

元町のちょっと気取った感じの老若男女が背を伸ばして歩いている洒落た雰囲気は昔も今も変わっていませんね。

でも、今回の訪問で「僕」の気をひいたのは、犬の多さでした。周りを見回すと必ずといっていいほどリードを牽いて犬を連れている人が見つかります。また、押しているカートがベビーカーにしては小さく低過ぎるからと見てみるとチワワのような犬がちょこんと乗っていたりもしました。

そして、何よりも珍しく思えたのは、店の軒先に座って愛嬌を振りまいている犬が目に付いたことです。「客寄せ犬」、「呼込み犬」、「看板犬」とでも言うものなのでしょうか。

その後、桜木町に行き、せっかくだからと短時間でランドマークタワーの69階展望台に昇ってきました。千円を払って日本最高速のエレベーターで40秒、日本で最も高い(案内では「最も空に近い」)展望台に到着です。

予想以上の感動ものでした。完全におのぼりさん状態。子供のころに初めて昇った東京タワーや新宿高層ビルのときと同じような感動がありました。時間がなかったのが残念です。

さて、いよいよ浜田真理子のコンサート。
午後6時から、神奈川県立音楽堂「木のホール」にて。

「木のホール」は昭和29年に出来た日本で最初の本格的音楽ホールです。雰囲気があって、音もやさしく響きそうで期待が持てました。

「再会の夜」から始まって途中休憩を挟み、全15曲。
アンコールは「純愛」と最後はさようならを言う決意を歌う「胸の小箱」。
2時間があっという間に過ぎ、アンコールの後も客席はもっと聴きたいという名残惜しさで一杯でした。私自身もいつまでもそこに座っていたかった。

浜田真理子のライブで涙を流す人が続出するという伝説は本当でした。
のっけの「再会の夜」からハンカチを目に当てる人がいました。徐々に感動が高まっていく感じで4曲目の「このまま、死んでしまいたい・・」と歌う「Love Song」で最初のピークに。
そこここで目を拭うしぐさが見られます。こちらもちょっとうるっときそうになってしまいました。

舞台には垂れた青い布の前にグランドピアノ一台きり。派手な演出ももちろんない、すべて一人の弾き語りでの歌です。
なのにどうして一曲一曲こんなに感情を揺さぶられるのでしょうか。

浜田真理子調としか言えないピアノの絶妙なタッチに絶対音感を感じさせる歌唱力と歌唱法(語り口調)で迫られるとはっと息を吸い込みその胸をちょとつねられるような哀愁を帯びた快感が走るのです。

もちろん詩の内容もあるのですが、ピアノの音と声そのものが頭の中に微弱波として入ってきて涙腺を刺激する感じなのです。

CDもいいですが、やはり浜田真理子はライブが数段に良いのを実感しました。
「伝説のライブ」、「ピアノの弾き語りの神髄」ここにあり、という感じです。

しかし、こんなに多くの人を感動させることの出来る歌手が年に数回しかライブをやらず、日ごろは松江で娘を育てながら普通のOL生活を送っているというのも不思議ですね。
でもそれだけ自分というものをしっかり持っているからこそこれだけの音楽表現が出来るのかもしれません。

地に足をつけ、「ハレ」と「ケ」を見事に使い分けているその生き方も魅力的です。

さわやかに晴れ渡った日に心身丸ごと洗濯をしてもらったような気分でした。

ブルックナーの交響曲

アップロードファイル 26-1.jpgアップロードファイル 26-2.jpg

 ここしばらく、土日に所要が入り家でゆっくりとする時間が少なかったため、久しぶりにのんびりとした休日。

 ブルックナーの交響曲(第八番、第9番)を聴きました。全曲を通して聴いたのはいつ以来でしょうか。とにかくブルックナーは長いのです。

 あるオーケストラのトランペット奏者が「マーラーはインターバルトレーニング、ブルックナーはマラソン」と言っていました。確かに同じ20世紀初頭の素晴らしい、でも長い交響曲をしっかりと9曲ずつしたためた大作曲家(これは本当に不思議です。ブルックナーには0番がありますが「抹消」されたものです。また、マーラーに10番がありますが未完ですし、「大地の歌」は交響曲に位置づけられていません。ベートーヴェンへの敬意?それとも呪い?)でもその曲想は大きく異なっています。もちろんどちらも好きですが気分によって聞き分けています。

 ブルックナーを聴くようになったのは、6年ほど前に単身赴任したてのころです。それまでは、いくら良くても通した演奏が100分近くにもなる交響曲は敬遠していました。でも、単身赴任は時間がたっぷり。料理、家事をやっても土日に家にいると相当な時間が余ります。そこを埋めてくれたのがブルックナーを中心としたクラシックの名曲でした。

 一番好きなのは世間の評判と同じですがやはり「第八番」です。特に第四楽章の始まりの部分。本当に静かな心が洗われる第三楽章のアダージョが終わった後に突然始まる金管のファンファーレに心が気持ちよく高揚していきます。

 ブルックナーの指揮者として世界的に有名だった故朝比奈隆氏はこの部分は「騎馬隊の行進にならないように」と注意を与えていたということです。確かに騎馬隊となると品格はなくなりますが、その辺は良い演奏と微妙な紙一重の感覚のよう。でも、この部分が決まっていると全体がしっかりとまとまります。

 クラシックの作曲家の中でブルックナーほど熱狂的で執着心を持ったファンがいる作曲家は少ないのではないかと思います。クラシックに興味のない多くの人には名前さえもあまり知られていないにもかかわらず、です。インターネットのサイトでも様々なブルックナーの人と音楽についての解説が多くあり、それも尋常の知識ではない専門的なものがほとんどです。それと、敬虔なキリスト教徒であったブルックナーらしく宗教的なまじめなサイトが多いのが特徴でしょう。

 今日はちょっとした梅雨の合間の晴れ模様でしたが、次第に曇ってきて夜には雨。ブルックナーを聴いて、書の半切作品も書いてゆっくりと身体と心の静養になった一日でした。

浜田真理子ワールド

アップロードファイル 20-1.jpg

 久しぶりに浜田真理子のCDを聞いて休日の夜をすごしました。彼女のCDは、「あなたへ」とライブ版である「月の記憶」、「こころうた」、「romance」の計4枚を持っています。

 すべてがピアノの弾き語りの曲なのですが、その歌詞の斬新さと純粋さに打たれます。また、ピアノも決して音は多くないのですが、クールで確実なタッチで音楽をスイングさせ、情感を盛り上げてくれます。音はキースジャレットに似た乾いたいい感じの音です。(ちょっとほめすぎかもね。)

 浜田真理子を最初に聞いたのは、2年ちょっと前のことです。松江在住で普段は普通のOLをしているため、東京では年に2~3回しかやらないライブの評が新聞に載っていたのを読んだのがきっかけでした。歌謡曲や民謡まで、ジャズっぽく仕立て、独自の歌としてしまうというその不思議で妖しげな魅力に惹かれ、CDを買いました。

 どんな曲でもちょっと耳にするだけで「浜田真理子ワールド」に引き込まれます。

 「そんな中途半端な愛ならどうぞ持っておかえりください」と歌う「純愛」や、「私の足首をつかんだままあなたはどこへ行こうというのか」という「あしくび」は、歌言葉にはっとさせられる曲。

 教会のライブでアンコールにこたえて私の中のゴスペル(俺ゴスペル)だからと歌う「柔」や俺の中のロックの「安来節」は、原曲のイメージとは全く異なるもののしっかりと浜田真理子のゴスペル、ロックとして聞かせる曲。そして、全くジャンルはバラバラでも、「抱擁」、「ラストダンスは私に」、「朝日のあたる家」という私の大好きな曲の数々を換骨奪胎にアレンジしてすべて浜田ワールドに取り込んで弾き語りで歌ってくれます。歌は、飛び切りうまいという感じではないのですが、絶対音感を感じさせる正確な音程の下に目を瞑って身体ごと任せたくなるようなちょっとアンニュイな感じの歌声です。

 世代がほぼ同じということもあるのでしょう。浜田真理子の歌はまさに私のコンテンポラリーミュージックなのです。

 一度、その音楽を体感して多くの人が涙を流すというライブにも行ってみたいのですが、年に数回ですので予定がなかなか合わないのと、プラチナチケット化しているそうなのでいつになることやら。

 浜田真理子という歌手と私、お互い年は同じだけとっていくはずですので、きっといつになっても共感できる音楽を聞かせてくれるものと確信しています。

(今日は、王ジャパンが世界一を手にした日。浜田真理子を聞いたのは、その興奮を少し冷ますためでもありました。)

コンチェルト・ハウス

ベルリン滞在中の8月26日に旧東ドイツ側にある伝統的な(古めかしい)佇まいを見せるコンチェルト・ハウスでシュレスヴィッグ・ホルシュタイン・フェスティバル・オーケストラという、州のオケに世界中から集まった若手演奏家が混じったオケを佐渡裕が指揮をするコンサートに行ってきました。
演奏曲目は①海の思い出:細川俊夫②セレモニアル:武満徹③アルプス交響曲:R・シュトラウスというもの。②では笙で宮田まゆみが客演。

いわばベルリンにおけるPMFオーケストラの演奏会というところでしょうか。若い演奏者が多い分荒削りですが、佐渡裕がそれなりにまとめていて、心が温かくなるような音楽が奏でられていました。

宮田まゆみが笙の音を一音出した瞬間は、頭の天辺を真新しい糸がすっと抜けていた感じがしてちょっと身震いしました。
日本人として誇らしく思えた瞬間でした。

周りはほとんどが中高年のドイツ人。聴衆は本当に素直に目の前に展開されている音楽を愛でて楽しんでいました。そしてそれがこちらにもよく伝わってくるのです。

世界中からやってきた有能な若手の音楽演奏家を暖かく励ますように見守っている感じで、ホール内の床、天井、椅子などの古典的な造りによりかもし出される雰囲気とともに、音楽の聴き方にも歴史と伝統が感じられました。
老若男女がうまく交じり合った馥郁たる文化の香りを味わった夜となりました。

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ