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半夏生に渇水とうどんを思う

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明日は、半夏生(はんげしょう)です。
この半夏生というのは、雑節の一つ。夏至から11日目にあたる日で、例年7月2日頃になるようです。

でも、私がそれを知ったのは、恥ずかしながらつい3年ほど前でした。愛用している日記の7月2日のところに「半夏生」とあり、その日に行われる小豆島の虫送りの行事が紹介されていたからです。

文字通り読むと「半分夏が生まれる日」。なんとも小粋な名前の節季だと思いませんか。

歳時記によると、半夏生とは、
「夏至から11日目の7月2日ごろ。農家では田植えの終わる頃で、この日の天候によって稲作を占ったり、この日、雨が降れば大雨が続くとか、地方によっていろいろの風習や物忌みが守られる。」とのこと。

例年にない冬から春にかけての少雨と空梅雨模様で、渇水による水不足が深刻化している中、降雨につながることであればなんでも信じたい気持ちになっています。

そう、是非とも明日、半夏生の日には雨が降ってほしいものです。

それと7月2日は「うどんの日」でもあります。
丁度、田植えが終わる時期にあたる半夏生にうどんを食べて農作業の疲れを癒やす讃岐独特の風習にちなみ、さぬきうどん協同組合が定めているそうです。

外の雨を見ながら昼食の讃岐うどんをすする。
そんな心穏やかに過ごせる日になればいいのですが。

ついでに、この時期に花を付ける「半夏生」と呼ばれるドクダミ科の植物(写真)もあります。「かたしろぐさ」とも言われるそうです。また、別の説では、花に近い葉っぱの一部が白くなり花よりも目立つので、“半化粧”だともいわれます。
本来梅雨で夏本番前のこの時期にふさわしく、控えめで、見ているだけでほっとする植物ですね。

最後に季節の句を二句添えて。
「風鈴の夜陰に鳴りて半夏かな」(飯田蛇笏)
「空梅雨の島々を見て船は航く」(高浜虚子)

児孫のために美田を買わず

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「児孫のために美田を買わず」という言葉は、中国の故事に倣ったことわざだと思っていたのですが、(恥ずかしながら)明治の元勲西郷隆盛の言葉だということをこの間本を読んで初めて知りました。

その言葉が出てくる「失題」と題される元の漢詩は次のようなものです。


  失題

幾歴辛酸志始堅

丈夫玉砕愧瓦全

一家遺事人知否

不為児孫買美田

西郷隆盛といえば、明治維新の元勲でありながら征韓論により下野して西南の役を起こし、故郷鹿児島で陣没することになるある意味では悲劇の英雄です。

薩摩藩にあっても、尊皇派の隆盛は当初、藩主から疎まれ、奄美大島と徳之島に二度にわたって流されたりもしています。

そんな時も、この漢詩にあるように「人は幾たびもの辛苦を重ねて鍛錬するから、志操が始めて確乎不動のものとなる。大丈夫、男子たるものは、むしろ玉となって砕けるとも、瓦となって生を全うすることを恥とする。」という考え方ですから、我慢も平気だったのでしょう。

別の漢詩に

如能識天意   もし能く天意を知らば

豈敢自謀安   あに敢えて自ら安きを謀らんや

とあります。

解説に「栄華を誇った明治維新の他の元勲とはちがって、清潔な香りが、赤心が隆盛からにおいたつのはそのせい(敬天の思想を全うしているせい)であろう」といっていますが正に比類なき高潔な精神が謳いあげられています。


ところで、最近、次のような記事を目にしました。

「伊藤祐一郎鹿児島県知事は28日の県議会本会議で、日本の歴史教科書における西郷隆盛の記述について、武力で韓国に開国を迫るべきだと主張した「征韓論」だけでなく、使節派遣による平和的解決を模索した「遣韓論」も併記するよう、近く教科書出版社に要請する考えを明らかにした。・・・・・知事は答弁で「西郷の清廉潔白で無欲な人格、高まいな精神は日本人としての誇りを養成する格好の教材だが、歴史教科書では西郷の本当の姿が子どもたちに伝えられていない」と指摘。「教科書の記載に当たっては、征韓・遣韓の併記をするなど両論が公平に取り扱われるよう要請したい」と述べた。 県教委によると、県内で採用している歴史教科書は中学校用で2種類、高校用で14種類あるが」、すべて征韓論のみを記載しているという。」

確かに西郷隆盛の「児孫のために美田を買わず」に象徴的に現れる清廉潔白で無欲な人格と敬天の思想に貫抜かれた高邁な精神は、征韓論、西南の役だけで歴史を学ぶ子供たちに反逆者的な印象を植え付けてしまうにはあまりにも勿体無いと思います。

美田を買って残すほどのことは出来そうにない私も、この西郷さんの復権運動は応援したいと思います。

参考文献:漢詩のこころ 日本名作選(林田慎之介)

余談:以前、雅号を調べていたことがあったのですが、西郷隆盛の雅号は「西郷南洲」。南の男だから「南洲」。その単純さと潔さに脱帽してしまいました。こういうところにも人柄は現れるものなのですね。

空海とアインシュタイン

新書で「空海とアインシュタイン」という本を読みました。時代も民族も宗教もまったく違う二人ですが、どちらもとてつもなく大きな存在、宇宙的天才という意味で人間像が重なります。

アインシュタインは物理学から宇宙を考え、空海は宗教的概念で宇宙を捉えようとします。アインシュタインは相対性理論を用いて、空海は曼荼羅を用いて宇宙を説明しています。

どちらも魅力的ではありますが、平安時代の日本において宗教、哲学、教育、土木、美術、書道という広範な分野で卓越した業績を残していて、しかも私と同郷である(これが決め手ですが)空海をどうしても贔屓してしまいます。

菊舎尼について

 日本の漢詩の本を読んでいたら、菊舎尼という江戸時代の女性俳人に出会いました。でも、この人調べてみるとなんとあの時代に2万7千キロも歩いて旅をしていたみたいです。すごい。

 漢詩は素人の率直な言いぶりが好感持てるといった類ですが、俳句はさすがにいいものがいっぱいあります。加賀の千代女と並び称されるだけの事はあると納得でした。

 私の気に入った句

 「雲となる花の父母なり春の雨」(菊舎尼)  いかがでしょう。自分の墓所と定めた寺で句碑とされているものです。解釈はいろいろあると思いますが、父母を供養する心の美しさが良く出ていると思います。魂の昇華を見るような気がします。

 もう一つ、「山門を出れば日本そ茶摘唄」(菊舎尼)

信玄は薔薇が好きだった

今日、ある本を読んでいたらあの武田信玄が薔薇を愛した風流人だったことを知り、びっくりしました。とても教科書等で見たあの風貌からは想像が出来ません。

更に信玄は詩人でもあり、薔薇を題材に漢詩も幾つかしたためている、というから二度びっくりです。

但し、信玄の風流さもどこか禅宗からくる堅さがとれず、伊達政宗の風流さには及ばない、ともありました。
さすが伊達男、粋人の独眼流ですね。

信玄の「薔薇」と題された漢詩は以下のとおりです。

薔薇   武田信玄

満院薔薇香露新

雨余紅色別留春

風流謝伝今猶在

花似東山縹渺人

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